「ポテチいる人ー」


「ほしいアルー」


「そこのサンドイッチとってー」


「ん、はい…………あ、これおいしー」


 テーブルの上に広げられているお弁当を、みんなで騒ぎながら食べていく。椅子には座らないでテーブルに座ってしまってるんだけど、私たち以外誰もいないから今だけは別に構わないでしょ、と自分に納得させておいた。


「それにしても、ホントにすごい図書館だよねー」


 ポテチの袋を持ちながら、佐々木 まき絵―――まきちゃんがそう漏らした。全くもって、私もその通りだと思う。


 改めて辺りを見渡した。図書館とは思えない広さと天井の高さと、ここにたどり着くまでの道のりを考えると、むしろゲームのダンジョンと言ったほうがしっくり来る。そもそも何で図書館の中を進むのに本棚の上を歩かなきゃならないのよ、と心の中で愚痴を洩らした。この後もあんな道のりを進まなきゃならないかと思うと、少し気持ちがなえてしまう。


『体力には自信あるけど、大丈夫かな……』


 小さい不安を紛らわすようにサンドイッチを一口食べながら、私はこの奇天烈図書館に来る事になってしまった経緯を思い返した。










 ―――数時間前









「えぇっ! 最下位のクラスは解散!?」


 寮自慢の大浴場に、私とまきちゃんの絶叫が響く。その理由は今、目の前にいるこのかが言った『次の期末で最下位を取ったクラスは解散』というとんでもない内容の噂だ。


「で、でもそんな無茶な事…………」


「ウチの学校はクラス替えなしのハズだよー」


 私の当然の反応に、まきちゃんが賛同してくれる。


「桜子たちが口止めされとるらしくて、詳しい事は分からへんのやけど、何かおじ―――学園長が本気で怒っとるらしいんや。ホラ、ウチらずっと最下位やし」


「そのうえ特に悪かった人は留年どころか、小学生からやり直しとか……!」


 私たちの必死の否定を、このかのありそうで怖い言葉とパルのぶっ飛んだ言葉が吹き飛ばす。それを聞いた途端、私の頭の中にはランドセルを背負って仲良く集団登校しているバカレンジャー―――悔しいけど、私も含まれる―――の姿が浮かんだ。その光景は言うまでもなく、悪夢でしかないわ。


「ちょ、ちょっと待ってよー!」


「そんなの嘘よー!」


 思わずまきちゃんと二人、更に否定を重ねたとき、昼間にネギが言っていた言葉を思い出した。


『あのっ、そのっ……実はうちのクラスが最下位脱出できないと大変な事になるので―――みなさんがんばって猛勉強していきましょう!』


 もしかして、『大変な事』ってこれの事? だとしたら冗談じゃないわ。2−Aの中で一番足引っ張ってるの私だし、これで最下位になってクラスが本当に解散なんかしたらみんなに合わせる顔がない。ここはやっぱり、昼間ネギに『魔法に頼るのはやめなさい』って言っちゃったけど、三日間頭が良くなる魔法をかけてもらった方が……。


『いやでも一ヶ月パーの副作用は痛いし……』


「―――ここはやはり、アレを探すしかないかもです…………」


 私の中で天秤が揺れ動いているとき、夕映ちゃんがポツリとそんな言葉を漏らした。


「夕映!?」


「何かいい方法があるの!?」


「図書館島は知っていますよね? 我が図書館探検部の活動の場ですが……」


 夕映ちゃんの前置きにみんなが頷く。それを確認した夕映ちゃんは、抹茶コーラ何て奇妙な飲み物を飲みながら続きを口にしていった。


「実はその図書館島の深部に―――読めば頭が良くなるという『魔法の本』があるらしいのです。まぁ大方、出来のいい参考書の類とは思うのですが……それでも手に入れば強力な武器になります」


「もー夕映ってばー。アレは単なる都市伝説だし」


「ウチのクラスも変な人多いけどさすがに魔法なんてこの世に存在しないよねー」


 夕映ちゃんの『魔法の本』発言にみんなが笑っていく。でもその中で私だけが、アスナはそういうの信じないんやったなー、というこのかの言葉も耳に入らないくらいの衝撃を受けていた。


「…………ちょっと、待って」


 そうよ……魔法使いのネギがいるんだから、魔法の本があったっておかしくない―――!


「―――行こう! 図書館島へ!」












 ―――というわけで、私たちバカレンジャーと、その案内として着いてきてくれた図書館探検部の面々は、この図書館島にやって来ていた。今にしてみれば、ちょっと軽率だったかもしれないと思わなくもなかったり……。


「……アスナさん、アスナさん」


「ん? どうしたのネギ」


 私が大浴場での問答を思い出している間に、ネギが私の側に来て声をかけてきた。何か言いにくい事なのか、それとも聞かれたくない事なのか、口に手を添えてポソポソと小さい声で話してくる。


「先ほどから感じていたんですけど、この図書館変ですよ……」


「どういうこと?」


 感じるって事は、今までの道のりであった図書館にあるまじきトラップではなさそうだけど……。


「何かこう―――僕とは別の、魔法の力を感じます」


 返ってきた答えは、私の想像をかなり超えていた。つい私もネギに顔を寄せて、声を小さくしてヒソヒソと言葉を交わす。


「ま、魔法の力って、それどういう意味よ……」


「いや、なんとなく何ですけど……」


「つまり魔法の本があるってこと……?」


「ほ、本かどうかまでは何とも……」


 言うとおり、本当に何となくしか分からないのか、ネギもそこで言葉を詰まらせる。でもこれで、ここに魔法の本があるっていう可能性が強まってきた。おかげで少しなえていた私の気持ちも、元気を取り戻していた。


「何さっきから二人でヒソヒソ話してるのー?」


「ホントに今日は仲えぇなー」


 と、このかとまきちゃんがいつの間にか、後ろから私たちを覗き込んでいた。会話は聞かれなかったみたいだけど、何か変な勘違いをされてしまった。


「ちょ、違うわよ私は別に―――!」


「えへへ、二人はいっつも一緒のベッドで寝とるもんなー」


「えーーっ!!」


「こ、このか! アレはこいつが勝手に入ってきてるだけでしょ!」


 このかの要らない補足を否定するけど、みんな誰一人信じていない。というか私、一緒に寝てること自分で認めちゃったじゃない! 困ってるのは私なのに!


「ネーギ君。アスナって、ネギ君のお姉ちゃんに似とるんやろ?」


「ハイ。アスナさんは匂いもお姉ちゃんに似てて―――ま゛ほ」


 このか以上に要らない事を言いそうになったバカの口に、サンドイッチ二段重ねで蓋をする。苦しそうに慌てふためいてるけどいい気味だわ。


「っとにガキなんだから! どこが先生なのよ……」


「いいなーアスナ。代わってよー」


「どーぞどーぞ! いっそ今日からでも構わないわよ」


「みんなー、そろそろ行くえー」


 まきちゃんに割かし本気でネギを譲ろうとしていると、このかが出発の合図を出してきた。オー、とやる気を出して着いていくみんな。私もそれに続いて、魔境図書館の奥に足を踏み出した。


 とにかく、ここまで来たら、意地でも魔法の本を持ち帰ってやるわ…………!










―――地下五階―――


「こ、ここは本当に図書館なのーー!?」


「本棚あるやん」


「こんな本棚あってたまるもんですか! 何よこれ、軽く八メートルはあるじゃない!」


「偉大な過去を知るというのは、相応の覚悟がいるという事です」


「そんなの私いらない!」






―――地下六階―――


「何で図書館に湖があるのよ!」


「うえー……下着がぐしょぐしょー」


「次はあっちやね〜」


「そうですね―――むむ」


「ニンニン」


「な、楓さんが水蜘蛛を!?」






―――地下七階―――


「どこのアスレチックジムよここは!」


「これは楽勝アルなー」


「そうでござるなー」


「ふふふ…………甘いです。それは、このそ○○つ壁を攻略してから言うです!」


「「S○S○KE!?」」






―――地下八階―――


「し、死ぬ! 冗談抜きで死ぬー!」


「下が見えないー! な、何で縄を伝って降りないとならないのー!」


「そこに壁があるからやえ〜」


「使うところ間違ってるわよこのか! しかも壁じゃなくて本棚だからねこれ!」


「3……2……1……バンジー」


「何やってるの長瀬さーーーん!!」










 ……数々の試練を乗り越えて―――できれば乗り越えたくなかったけど―――私たちは目的地を目前とし、地下十一階からの通路を進んでいる。


 苦しかった、本当に苦しかった。これなら普通に勉強したほうがマシなんじゃって、何回もくじけそうになるくらいに苦しかった。でもそれももうすぐお終い。そう考えれば、もうこの異世界図書館へのツッコミなんて―――


「……ない、と思っていたけど―――ほふく前進しなきゃならない図書館って何よ!?」


 まだあったりした。ここにたどり着く途中でボロボロになった私の制服誰が弁償してくれるのよ、結構高いんだからね制服って、という誰に当てたか自分でも分らない不満を、本当にくじけそうになっている心をギリギリで保つために、ポソポソと呟いていた。


「ゆ、夕映ちゃん、まだなのー?」


「いえ……もう、すぐそこです」


 七人の芋虫行列を先導するように進んでいる夕映ちゃんが、ペンライトをくわえて地図を見ながら答えた。やっぱり日ごろから来ていて慣れているのか、ここまで何一つ文句を言わないでいる。


「夕映、けっこう燃えとるやろ」


「ふふ……わかります?」


 このかの言葉に、夕映ちゃんがブイサインを向けながらそう言った。


 ……私からはいつも通りの表情にしか見えないけど、いつも仲が良いこのかから見たらやっぱり違うんだろうか。


「この区域には大学部の先輩方も中々到達できません。中等部では私たちが初めてでしょう。ここまで来れたのは、バカレンジャーの運動能力のたまものです」


 ズリズリと、なお制服を汚しながら進む中で、素直に喜びにくい事を夕映ちゃんが褒めてくれた。反応に困っていると、薄暗い細道の先に久しぶりの光が見えた。


「おめでとうです。さぁ、この先に目的の本がありますよ」


 それは、この狭い通路の天井の隙間から僅かに漏れる光。四角を象っている木漏れ日―――この場合、石漏れ日かしら―――は、そこが出口である事を示している。夕映ちゃんが、その悲願の扉を開けようと手をかけて―――


「うーん、う〜〜ん……」


「はいはい、私がやるから夕映ちゃん、代わって代わって」


「す、すいません…………」


 可愛らしい声を出しながら一生懸命天井を押している夕映ちゃんと、位置を入れ替わり、結局私がそれを押し開けた。


「あ……」


 天井から床に顔を出す。私の目に映ったのは、とんでもない情景だった。


 まず目に入ったのは、大きい二つの石像。デッカイ剣とハンマーをそれぞれ手にしていて、地面に突き立てて向かい合っていた。その間に本らしき物が置いてある台座が見えるから、この石像はあの本を守る番人ってところかしら。部屋自体も凄く大きくて、壁、天井、床、柱に至るまで全部が石で出来ている。私でも作られてからの年月を感じられるほど古びていたけど、そこに古臭さは欠片もなくて、むしろ過ごした時をそのまま蓄積して凄みを増している。


 ―――そんな、西洋風丸出しの部屋に、今までで最大のツッコミ対象がいた。


「……」


 静かに床から這い出して、今まで溜まった汚れをパンパンと払い落とす。ゆっくり息を吸い込んで、吐き出す。そうして、今までの疲れを全部出してから、もう一度息を深く吸い込んで、私は準備を終えた。


 ……OK、認めるわよ。似合ってる、凄く似合ってる。もうそのまんま戦国時代の城の門前に飛ばしたら、これ以上ないほどはまってるって認めるわ。


 けど―――


「―――何で、あなたがいるのよ、小次郎先生!!」


 台座へ続く唯一の橋。その前に陣取っている、西洋作りの部屋には違和感しか生み出さない純和風の男に、私は最後のツッコミを入れた。










 神楽坂殿の怒声が部屋内に響く。よほど私がここにいるのがお気に召さぬのか、指まで指されてしまった。失敬な。


「何があったんですかアスナさ―――え、小次郎さん!?」


 神楽坂殿が這い出てきた穴から、今度はネギが現れた。次いで木乃香殿、古殿、そしてまだ名前を覚えておらぬ女子が数名穴から顔を出し、石造りの床に足をつける。その女子らも、一様に私を見て驚いていた。


「ふむ、漸くたどり着いたか。少々待ちくたびれてしまったぞ」


 何食わぬ声色でそう言葉を発する。私の返答がまたもお気に召さなかったのか、神楽坂殿が二度目の怒声を放ってきた。


「そうじゃなくて、何であなたがここにいるんですか! しかも、わざわざその道を塞いで! 私たち、あなたの後ろにある本に用があるんです。すいませんけど、どいて下さい」


 私を睨んでくる神楽坂殿。ふむ……何時にも増して不機嫌であるが、ここに来るまでに何かあったのであろうか? もっとも、今の私には関係のないことではあるが。


「―――済まぬが、それはできぬ」


「何でよ!」


 私の言葉にまたも神楽坂殿が食って掛かった。


「私は、学園長殿より其方らを無事に連れ帰るよう命じられてきたのだ。然るに、ここを通すわけには行かぬ。折角の徒労を無碍にするようで心苦しいが、早々に帰るぞ」


 それを託ったのは約一時間前。最近扱いにも慣れてきた電話に、学園長殿より一報が入った。


 内容は、図書館島の監視装置とやらに生徒の姿が映ったから、その者らを連れ帰って欲しいとのことであった。また、既にある程度進んでいるので普通に追いかけるよりも目的地であろうこの場所で待ち構えた方が確実とも伝えられ、同様に指示された隠し通路を使い、一足先にやって来たと言うわけだ。


「さぁ、私が隠し通路を案内する。今ならば学園長殿もそうきつくは叱るまい」


 皆に向かって一歩踏み出しながら、もう一度退散を促す。だが、彼女らの目にそういった色は見えない。私が帰ると言ったにも関わらず、未だ私の後ろにある本を手に入れようとする意思が窺えた。


「じょ、冗談じゃないわ! こっちはね、今後の人生がかかってるのよ! いくら先生の言う事だって、今回ばかりは従えな―――むが」


「まーまーアスナ。ちょお落ち着かな」


 先程から吼えっぱなしな神楽坂殿の口を、後ろから木乃香殿が塞ぐ。それと同時に、随分と背が小さく表情が少ない女子が前に歩み出た。


「ちょっと待ってください。確かに私たちは危険な場所に来ましたが、それも目的があっての事。それを聞こうともしないで、いきなり『帰る』というのは、流石に横暴ではないですか?」


「…………なるほど、それはごもっとも。では、一体どういった理由でここに来たのか、聞かせていただけるかな。時に、其方の名は?」


「綾瀬 夕映と言います。では、失礼して―――」


 足を止めて、綾瀬殿の話に耳を傾けた。


「―――つまり、来週の月曜日にある試験で良い成績を取るためにあの本が必要である。加えて、それが叶わねば其方らにとって、人生を左右するほど喜ばしくない事態が起きてしまう……と、そういうことか?」


「時間の都合上細かいところは省きましたが、おおむねその通りです」


「…………むぅ」


 綾瀬殿が語った言葉を自分なりに纏めたところで、顎に手を当てて思考に耽った。


 それほどの事情であるならば、邪魔をするのは無粋というもの。だが、私がここにいる理由を考えれば行かせることはできぬ。この図書館島には、貴重な書物を守るための罠が多数仕掛けられている、と学園長殿は言っていた。であれば、あそこの本にもそのような罠が仕掛けられているだろうことは、想像に難くない。そのような場所に、生徒を行かせる訳にはいかぬのだが…………。


「だ、ダメアルか〜……?」


「小次郎先生ー……」


 縋る様な目で私を見てくる古殿と、桃色の髪の女子。目を閉じて更に思案し、私は一つの結論に達した。


「―――済まぬが、私の役割は其方らを『無事』に連れ帰ること。やはり、あの本を取りに行かせる訳には行かぬ。どのような罠が仕掛けられているか分からぬからな」


「アイヤ〜……」


「そ、そんなぁ…………」


「…………」


 私の言葉を聞いて、目に見えて女子らが落胆した。そんな中、今まで見ているだけであったネギが一歩踏み出し、皆の思いを代弁してきた。


「こ、小次郎さん! お願いします! 皆さん、頑張ってここまで来たんです! 後一歩なんです! ぼ、僕がちゃんと責任を持ちますから、あの本を取らせてあげてください!」


「ね、ネギ……」


「ネギ君……」


 真剣な瞳で私を見据え、一点の曇りもない言葉で懇願するネギ。握り締めた拳は力強く、とても十の子供には見えぬ程であった。


 それに答えを返さず、私はネギ達に背を向ける。皆の視線を感じるが、構わず『本に向かって』歩みを始めた。


「こ、小次郎さん?」


「案ずるな、その程度私も分かっておるよ、ネギ。少々そこで待っておれ。私が本を取ってこよう」


 肩越しに顔だけ振り返り、口の端を吊り上げて笑いながらそう答えた。呆然とする表情が見えたが、直ぐに正面に振り返り再び足を踏み出していく。


 生徒を行かせることができぬのならば、私が取ってやるのが皆への労いという物であろう。


 周囲に注意を払い、ゆっくりと橋を進んでいく。中頃まで来たが今のところ異常は無い。加えて、私の感覚も特に危険らしい兆候は感じ取れなかった。


『―――妙だな』


 綾瀬殿は、あれを『読むだけで頭の良くなる本』だと言った。それほどの書物であれば、何らかの罠があって然るべきであろうが、実際にはそれが見受けられぬ。罠が無いのであれば、一体どのような防護手段があるのだ……?


「…………ぬ」


 急に気配を感じて、視線を上に上げる。だが、当然そこに人の姿などない。あるとすれば、大槌と大剣をそれぞれ携えた石像が、揃ってこちらに全身を向けているだけ―――何?


「―――!」


 目の前の光景に意識が追いついた途端、バッ、と大きく後退する。青江を背に止めている紐を一息で解き、鞘に入れたまま右手に収めた。


「ど、どうしたんですか急に?」


 まだそれに気付いていないネギが、驚いた風に私に声をかけてきた。私はそれに答えようとしたが、そうするまでも無く答えが自ら動き出した。


 ―――そう。最初はお互いに向かい合っていた、石像が。


「フォッフォッフォ……この本が欲しくば、ワシの出す問題に答えるのじゃー!! フォーッフォッフォッフォッフォ!!」


 ズン、という低く鈍い音が腹の奥まで響いた。動くはずのない石像が動き出し、本が鎮座している台座を守るように、身体を交差させた。なるほど、あの石像が、あの本を守る防衛手段であったか。


 しかし今の声……正確に言うのであれば、あの独特の笑い声、どこかで聞き覚えが―――


「な―――! せ、石像が動いたぁぁぁ!?」


「いやーん!」


「おおおおっ!?」


「先ずは全員で、そこの橋の上に立ってもらおうかの。でなくば、この本を手に入れるチャンスすら与えんぞい」


 口が無いはずの石像が言葉を発していく。いや、そもそも動く石像なのだ、口が無いまま話せてもおかしくはあるまい。存在が既におかしいのだからな。


 チャンスを与えられないとあって、渋々全員で橋の上に乗る。無論、私が先頭に立って青江は手に持ったままだ。もし万が一、あの二体が襲い掛かってきたとしても、ネギたちを逃がすだけの自信はある。


「では―――ゲーム・スタートじゃ」


 石像がそう言うと同時に、ガコンという音が聞こえて足場が消えた。正確に言えば、橋が両側に開いたのであるが、立てる足場が無くなったことに変わりはない。一瞬感じる浮遊感。だが、直ぐに代わりとなる足場の感触があった。


「…………これは?」


 橋の直ぐ下にあった四角い足場。その中心は一段高くなっており、等間隔で丸い模様が描かれている。それぞれの円の上部に、何かの文字が小さく書かれているが、私では読むことができなかった。これで一体何をやらせようと言うのか。


「コレって…………」


「…………つ、ツイスター・ゲーム?」


 どうやら、神楽坂殿と桃色の髪の女子はこれを知っているようだった。その説明を求めたかったが、それよりも早く石像が問題を口にした。


「では第一問! 『DIFFICULT』の日本語訳は?」


「ええぇっ!?」


「何ソレー!」


「み、皆さん落ち着いて! きっと『DIFFICULT』の日本語訳をツイスター・ゲームの要領で踏んでいけばいいんですよ!」


 一人理解が及ばぬ私を置いてけぼりにして、事は進行していく。どうやら石像が口にした異国の言葉を日本の言葉に翻訳し、それに対応した文字が書いてある円に手か足を動かしていく、という規則のようだ。


 石像が問題を出すたびに、盤上を女子らの手足が右往左往し、そして少しずつ絡まってゆく。


 結果―――


「あたたたたたっ!!」


「きゃーっ!」


「は、早く次、次ー!」


 男が見てはならぬ、あられもない状態になり果せていた。無論、私はそうなる前に視線を他に逸らしていた。事の次いでに、石像へと視線を向け、それを操っているであろう人物に目で言葉を発してみる。


『随分と活き活きしておるな、学園長殿』


『フォッフォッフォ、やはり気付いたかの』


 然り。と言うか、斯様に珍妙な笑い声を発し、且つこのように派手なことを仕出かしそうな人物が他にいなかっただけなのだが。


『しかし、これは一体何事か。私に女子らの連行を依頼しておきながら、何故斯様なことを?』


『まぁ、生徒に危害は加えんよ。ジジィの戯れじゃ、付き合っとくれ』


 そう目で告げると、石像―――もとい学園長殿が、最後の問いを投げかけた。


「『DISH』の日本語訳は?」


「えっ、ディッシュ……?」


「ホラ、食べるやつ! 食器の……!」


「メインディッシュとかゆーやろー」


「わ、わかった、お皿ね!」


「お皿OK!」


 どうやら、私の隣に立っているネギと木乃香殿の助言もあって、最後の問いの答えも導き出せたようだ。それを示すために、最後の移動が始まる。


「お!」


 一人の足が『お』を示し、


「さ!」


 一人の手が『さ』を示し、


「―――ら!」


 二人の手足が、同時に答えを提示した。


『しかし……あの本、本当に持ち出していいのであろうか』


 読むだけで頭が良くなる本。そのような、反則とも呼べる書物の持ち出し及び使用を、学園長殿が認めるのであろうか?


『何らかの理由をこじつけて渡さぬ腹積もりか、もしくは別の狙いがあるのか……ん?』


 思考に没頭している中、ふと、周囲の空気がおかしいことに気付いた。見ると、皆一様に一点を見つめて固まっている。一体どうしたと言うのか。


「…………おさる?」


「む、ましらがどうかしたのか、ネギよ」


「フォーッフォッフォッフォ、外れじゃな!」


 ―――あぁ、答えを間違えたのだな。『ら』と『る』を間違えてしまうとは、さぞ悔やまれるであろう。


 学園長殿が大槌を振り上げる。待て、よもや振り下ろす積もりか? 孫娘もいる故大事には至らぬと思うが、一体どのような計算を持ってその暴挙に出られるのか。私はもう一度視線でそれを問うてみた。


『怪我はせんように準備しておる。じゃが、万が一があっては困る。小次郎君、生徒たち―――特に、このかを頼んだぞ』


 ……なるほど、端からそういうことであったか。全く、素直に『生徒と孫娘が心配だから付いて行ってやってくれ』と依頼すれば良いものを。立場故なのであろうが、難儀なものよな。


 大槌が、とうとう振り下ろされる。それを視界に納めながら、隣に立っている木乃香殿の肩に手をかける。


「失礼、木乃香殿」


「ふぇ―――うひゃあ!?」


 返事を待たずに、木乃香殿を私の腕の中に収めた。その瞬間、石像の大槌が足場を破壊した。


「アスナのおさるぅぅぅ!!」


「みんなゴメンー!!」


 落ちる。今度こそ落ちて行く。重力に引きずられ、底が見えぬ程の高所から逆さまのまま、暗闇の天に落ちていく。経験したことのない感覚から漏れそうになる声を、歯を食いしばることで耐えた。


 私の腕の中には、守ってくれと言われた木乃香殿がいる。ならば、私が情けない姿を晒す訳には行くまい。


「ひゃ―――」


 突然の落下にやはり恐怖したのか、木乃香殿が私にしがみついて来る。無理もあるまい。十五になるかならないかの女子が、このような普通では体験するはずもない事態に陥っているのだから。


「しっかり掴まっておれ。その方が恐怖も和らぐ」


 瓦礫で頭を傷つけぬよう木乃香殿を抱え込み、風が煩い現状でも聞こえるよう、耳元で言葉を口にする。腰に回している左腕にも力を込めて、守って見せるという意思を、木乃香殿に伝えた。


 学園長殿は言った。怪我をしない準備はしてあると。ならば、落ちる先の心配は無い。然らば、そこに着くまでの間、木乃香殿には傷一つつけさせぬ。


 束の間の守護の誓いを胸に、私達は暗闇に消えていった。








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