更衣所前での悶着が終わってから、十数分が過ぎた。
 小次郎と刹那と木乃香の三人は今までと同じく、特に当て所なく道に沿ってシネマ村を散策していた。

「せっちゃんせっちゃん、見てやー。この髪飾り、可愛ぇと思わへん?」
「そうですね、可愛いと思います」
「せっちゃんに似合いそうやなー……あ、やっぱりや!」
「そ、そうでしょうか……」

 とあるお店の中で木乃香は、自分が見立てた髪飾りを刹那の髪の毛に当てると、思っていた通りの見栄えに満足気に笑った。笑みを向けられた刹那もいくらか戸惑いながら、満更でもなさそうにぎこちない笑みを浮かべていた。
 ゲームセンターで小次郎に告げられた言葉の答えがある程度見えてきたのか、それとも先程のやりとりでそんなことを気にする元気もないのか……どちらにしろ、刹那とショッピングを楽しめている木乃香にとってすれば、喜ばしいことに変わりはなかった。
 もちろんそれは、二人の仲を取り持つ約束をしていた小次郎(刹那に気付かれたせいでその役目もほとんど終わっているが)にしてみても、喜ばしい光景である……のだが。

「……」

 刀をかたどったキーホルダーを片手でもてあそびながら、横目に二人の様子を眺めている小次郎の表情は、依然として憮然としたものであった。

「小次郎さーん、そろそろ次のお店行くえー」
「……承知した」

 木乃香に呼ばれ、ぶっきらぼうな声色で返事をした小次郎は、二人の後ろについていく形で店を後にした。
 往来を歩き始めると、木乃香は刹那の手を引きながら次に物色する店を探し始めた。目に付いた店のことは、欠かさず刹那に話しかけて話題にしている。刹那はそんな木乃香への対応に追われながらも、どこか楽しげな色が僅かに浮かんでいた。
 それは丁度、積極的に仲良くなろうとする子とその好意に戸惑いつつも喜んでいる子という、仲良くなりたての子供の図に似ていた。

 一方小次郎はと言うと、敵がいないか気を配りながらまだ心中で愚痴を零している。その原因は当然、先程更衣所で放たれた、刹那の『だって小次郎さんだから』発言にあった。

『……やはり、納得いかぬ』

 小次郎は自分なりに一貫した考えの下で行動していると自負している。それは自分が生きていた頃も麻帆良に蘇ってからも変わっていない。だのにあたかも、常に考えなしに行動しているように言われては溜まったものではないと、小次郎は内心で憤慨していた。
 その様子は、ちょっと気に食わないことがあって臍を曲げている子供によく似ていた。

 ……もっとも元々の原因は小次郎の飄々とした態度やその唐突さにあり、先程の刹那のように捉えられている人がほとんどなのだが、本人は気付いていない。気付かないからこその小次郎なのかもしれないが、それは論じても詮無いことであろう。

「小次郎さーん、あのお店なんやろー」
「む……さてなぁ」

 そのせいか、木乃香から話を振られた小次郎の返しは珍しく素っ気無いものであった。
 好奇心旺盛な小次郎のことだから、すぐにでも話に食いついてくると思っていた木乃香は、それでやっと小次郎の態度に気付いた。

「んー?」
「お嬢様?」

 僅かに立ち止まり、なぜ小次郎が不機嫌そうにしているかを考える。自然、手を繋がれていた刹那も立ち止まり、急に考え込み馴染めた木乃香を見やった。
 自分が知る限りの小次郎ならばもっと話しに食いついてくれるはず―――そう思った途端、答えは直ぐに木乃香の脳裏に閃いた。
 あぁと呟きながら、ポムリ、と木乃香は手を打ち合わせる。

『クスクス……変なとこ子供っぽいなぁ、小次郎さん』

 口に出せば、更に小次郎が不機嫌になるだろう言葉を頭の中で呟きつつ、木乃香は軽い足取りで小次郎の横に並ぶと、

「んふふー、こーじろーさん!」
「むっ……こ、木乃香殿?」

 刹那にそうしたのと同じように小次郎の手を掴んで、グイグイと今さっき指差した店に向けて二人を引っ張り始めた。

「そんなことより、ほら! 分らんかったら突入やー!」
「わ、お、お嬢様。あまり引っ張らないで下さい」

 辺りの目が集まるのも構わず、木乃香は本当に楽しそうな笑みを浮かべながら、刹那の言葉に耳も貸さず目的の店へと突貫していく。小次郎もされるがままにされており、端から見ればその構図は、お転婆な姫に振り回される従者と友達という、なんとも微笑ましいものであっただろう。
 到着した店には実に多様な商品が並べられており、一通りの種類のお土産はここで揃いそうな品揃えだった。

「ふわー、色々あるなぁ、小次郎さん」
「うむ……そうだな」

 小次郎の生返事も気にせず、木乃香は早速土産物の物色に入った。刹那もそれに続き、小次郎は二人から離れつつも視界に納められる位置に移動して、同じく土産物を手に取り始めた。

『うーん、何がえぇかなぁ』

 あれこれと悩みながら、木乃香はひっきりなしに品物を手にとってはうんうんと唸っている。よほど大切な物を選ぼうとしているのか、表情は真剣そのものだった。ちょっとした企み事を考え付いたのだ。
 そうやって数分が経ったとき、木乃香の目にあるものが映った。何の変哲も無い甘食(小麦粉とベーキングパウダーに重曹や牛乳を混ぜて円錐形に焼き上げた菓子)が、店先に並べられていた。大きさは大体、女性がちょっと頑張れば一口で食べられる程度で、三個入り130円とリーズナブルな値段が表記されていた。表面に『シネマ村』と焼印が入っている。

『……あ、もしかしたら、いけるかも』

 とあることを思いついた木乃香は、こっそりとその甘食を買い求めた。そして失礼と承知ながらその場で封を切り、甘食を一つ取り出す。

「小次郎さーん、せっちゃーん」
「何かな、木乃香殿」
「何か見つけたのですか?」

 呼ばれた二人が店を出て、木乃香の下に集まる。二人が近づいてきたのを感じて、木乃香は目一杯口を開いて甘食を放り込んで振り返り、

「ふぉれあまひょく」

 リスのように頬が膨れた顔を、二人に不意打ちで見せつけた。

「ぶっ!?」
「―――っ!」

 それを見た途端、刹那は盛大に噴出し、小次郎は一気に顔を歪めたかと思うと口元を手で押さえて木乃香から目線を逸らした。
 木乃香は自分の目論見が上手く行くかと、僅かに不安になりながら二人を見つめている。とはいえ、無理をしてほお張った甘食を一生懸命食べようとしている姿からは、小動物的な愛らしさが溢れているのだが。
 先に堪え切れなくなったのは、刹那だった。

「くっ……す、スイマセ……くっ、ふふ……」

 木乃香の顔を見て笑ってしまうことに悪いと感じているのか、何度も木乃香に謝りながら、しかしクツクツと刹那は笑っていた。木乃香が見たかった、自然な笑顔で。

「……えへへ。やっぱせっちゃんは、笑っとる方が可愛ぇなぁ」
「な、何を言ってるんですか、お嬢様……ぷっ、くくく……」

 自分の目論見が上手く行ったことを確かめて、木乃香はまたニコッと、満面の笑みを浮かべた。
 先程の『だって小次郎だから』発言で機嫌を損ねた小次郎と、仲良くなってきているがまだどこか余所余所しい刹那。この二人の空気をどうやったら柔らかくできるか。木乃香はそれを考え、頬を膨らせた顔を見せて笑わせることでそれができないかと思い立ち、それを実行したのだった。
 結果は見ての通りだ。刹那は堪えきれない笑いを漏らしており、小次郎の方も、

「あんもー、小次郎さんたら。今のは笑わせるためにやったんやから、我慢せんと笑ってえぇんやで?」

 表情を歪めたのは笑いを堪えるためであり、口元を手で隠したのは笑いそうになる口を見せぬためであり。それらを証明するように、小次郎の肩はフルフルと震えていた。
 そして、当の本人である木乃香からの言葉を受けて、ついに小次郎も笑い声を上げ始めた。

「……くっ、ふふ、はっはっは! こ、木乃香殿、くく、お、女子がたやすくそ、そのような顔をするものでは、ない―――ははははは!」
「ちょ、ちょっと小次郎さん、わ、笑いすぎ……くっ、くく……」
「ふふ、そやそや」

 先程の木乃香の顔がよほどツボに入ったのか、小次郎は回りの目も気にせず、呼吸困難になるほど笑い続けた。それに釣られて笑いが治まりかけていた刹那も、またお腹を抱えて笑い始めてしまった。その二人の笑いは、それが本来の笑いであるかのような、何の飾りも無い自然な笑みであった。木乃香もそんな二人を見て、満足気に頷いていた。




 ……往来の真ん中で爆笑を続ける二人を、建物の蔭から窺っている目が二対あった。
 更衣所で木乃香達より先に店を出た、ハルナと夕映二人の目である。

「小次郎先生はともかく……刹那さんと木乃香さんは普通に仲のいい友達でしょう。いえ、小次郎先生も十分にあり得ませんが」
「いーや、だから絶対だって! 私のラブ臭探知センサーに間違いはない!」

 着物に羽織、そして左目に眼帯を付けた『ラブ臭』というよく分からないものを察知できるハルナ―――恐らく柳生十兵衛のコスプレだろう―――が、興奮気味に断言する。先程から同じような言葉を聞かされ続け、いくらから辟易した様子を見せる巫女服に着替えた夕映は、諭すように言葉をかける。

「ですからあり得ないでしょう。刹那さんと木乃香さんが好き合ってるだの、小次郎先生がそこに絡んでるだの。ハルナが普段書いてる雑誌とは違うのですよ?」
「だったらさ、桜咲さんが小次郎先生のこと気になってて、木乃香が近づいたことでその気持ちを自覚してきた、とかならどう?」

 しかしハルナはなおも別の理論を展開し、一向に興奮を収めようとしない。雑誌(何のとは言わない)を書いているハルナは常にネタに飢えており、食いつけるものがあれば興味がなくなるまでそれから離れようとしない悪癖があった。
 ただ、それを考量しても今ハルナが語った理論は、まぁあり得なくはないかと、夕映に思わせる程度には真実味があった。小次郎が刹那と懇意にしてるのは事実であるし、木乃香とも何かしらの交友を持っているのも確かだからだ。
 無論、自然に笑い合っている今の三人を見れば、妄想と断じれる程度の理論であるが。

「とにかく、何でもかんでも一見してあて推量するのはハルナの悪い癖です」
「はいはい、分かったわよー」

 一向に乗ってこない友人に興が削がれてしまったのか、窘められたハルナはぞんざいにだが同意を示し、再び往来の方に視線をやった。かく言う夕映も親友の一人が関わっているだけに興味はあるのか、釣られたように視線を同じ方に向けた。

『あんなに楽しそうな木乃香さんは……初めて見ますね』

 夕映が木乃香と友人になってから三年余りが経つ。その中で、一緒に笑いあったことも喧嘩したこともあった。その度に友情を深めていった実感もあった。
 だが、自分の記憶にあるどの木乃香の笑顔と比べても、今目に映っている木乃香の笑顔は、とても輝いて見えた。その要因が小次郎によるのか刹那によるのか、第三者である夕映には分らないが。

『喜ばしく思う反面……少し悔しいですね』

 そういう仲であるからこそ、あの笑顔を引き出せなかったことに、夕映は少なからず情けなさを感じていた。
 そんな感情を胸に抱いてしまう程度に、夕映は木乃香の親友であるのだった。




 数分後、小次郎と刹那の笑いはようやく収まり、シネマ村の散策を再開していた。

「ふぅ……全く大したものだ、木乃香殿。よもやあのような絡め手で私を殺しにかかるとは」
「思わぬ技の使い手でした……」
「も、もう。そういう風に言うのやめてやー。何や恥ずかしくなってきたわぁ……」

 笑いすぎて引きつっているような感じがする頬の筋肉を解しながら、二人が木乃香をからかう。改めて先程の自分がした事を口にされてどれだけ恥ずかしい事をしたのか自覚してきたのか、顔を赤らめていた。

「クク、これから木乃香殿に呼ばれたら、笑いを堪える準備が必要であるな」
「だからやめてやー! ……あ、そ、そや! ウチ、前から小次郎さんに聞きたいことあったんやけど」

 更なる追撃を受けた木乃香が、小次郎の方を向きつつ悲鳴を上げる。そこでふと思い出した、以前から気になっていた疑問で話題を逸らそうと話を振った。

「ふむ、何かな?」
「うん。小次郎さんがいつも着とる着物、えらい綺麗やなぁ、って……それ、どこで買ったん? ウチも着物好きやから、ちょっと気になって」
「この着物か? 残念ながら、これは買った物ではないのだよ」

 着物についての話題を振られた途端、小次郎の表情がぱっと明るくなった。思った以上の反応に、木乃香だけでなく刹那も驚いたが、小次郎はそれに気付かず、着物のことを話していく。

「これはな、私の姉上から頂いた着物なのだ。そのころ私は実入りが少なくてな、同じ服をずっと着まわしていたのだが、見かねた姉上がこれを見立ててくれたのだ」
「ほえー、小次郎さん、お姉さんおったんや」
「うむ。姉だけでなく兄もおるぞ。私の家は三兄弟でな、私は一番下の次男なのだ」
「そうだったのですか……初耳です」
「だからその着物、大事にしとるんやね」
「左様。私の一張羅にして、宝物だ」

 着物と家族の事を語る小次郎の顔は、嬉しそうに笑っている。無邪気に語る様子は生き生きとしており、まるで大事なものを自慢する子供のようでもあった。親しくなった今も小次郎の事を、どこか浮世離れした人だと感じていた木乃香は、この意外な一面を見て、小次郎も人の子なのだなと、ぼんやりとそんな感想を持っていた。

 それは刹那も同様であった。剣以外のことでここまで我を忘れて語る小次郎と言うのを、刹那は見たことがない。それほどに家族を大切に思っているのだなと、物珍しそうに小次郎を見ていた。
 ―――そして同時に、同情の念も抱いていた。小次郎が過去の人であると、知っているが故に。

「それでな、その時姉上が―――」
「はいはい、小次郎さんの家族の話は、また今度聞くから。今は、シネマ村を楽しも? な?」
「…………これは失礼した」

 次々に思い出を語っていく小次郎を、木乃香の言葉が諌める。それでようやく、自分がどんなことをしていたかを自覚した小次郎は、気まずそうに二人に謝罪をした。

「ふふ、気にせんでや。さ、もっと色んなお店見ようなー」

 木乃香の言葉に従い、意気も新たに三人は足を踏み出した―――小次郎を除いて。

「……」

 動かそうとした足を止めて、ふっと後ろを振り向く。自分達が歩いてきた往来の先から、何かが近づいてくる気配を感じたのだ。
 違う、と小次郎は思いなおした。自分が感じたのは気配などと言う生易しいものではない。これは、明確にこちらに向けられた、何者かの意識だ。

「……ほえ? 小次郎さん?」
「どうかしましたか」

 小次郎がついてきていないことに気付いた二人が、その背中に声をかける。
 けたたましい蹄の音が三人に迫ってきたのは、その時だった。
 人ごみなどないもののような勢いで馬がこちらに向かって駆けてくる。それに恐れおののいて、まるでモーゼが海を割ったかのように人が馬を避けている。見れば馬は屋根のない馬車を引いており、そこに二人の人影を見ることが出来た。
 小次郎たちの目の前で馬車が停止した。すると乗っていた二人は、静かに馬車を下りて、

「どうも〜、宮本式神鳴流〜―――じゃなかったです。コホン……どうも〜、そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます〜」
「それと、雇われ者の浪人、だったか? ―――人攫い紛いの仕事で気は引けるが、まぁ、雇われたからな……悪く思うなよ、伊達男」

 言葉どおり、貴婦人風のドレスに身を包んだ月詠と、二日前とは打って変わって着物と羽織を着込んだ武蔵が、小次郎にそう宣戦布告した。

 後書き
 今年も残すところ一月余り。早いものだ。逢千です
 いつも通り、待たせに待たせてしまいましたが、三十四話、いかがでしたでしょうか。
 小次郎拗ねる。私の脳内では、すっかりこのような子供っぽい小次郎のイメージが定着しております。果たしてこれは良いことなのだろうか? 皆さんがどう受け取っているか不安です。
 そして木乃香の一計により、二人して大爆笑。楽しそうだなこいつら……
 今回の話の終わり方を見れば分るとおり、次回はとうとう、二度目になる宮本武蔵との果し合いです。こうご期待!
 ……ところで、このサイトの存在意義って、あるのかね? 更新もろくにされないから、いっそサイトを閉鎖して、ピクシブの方にでも投稿しなおしたらいいんじゃないだろうか、と思う今日この頃。
 愚痴が漏れてしまいましたが、感想・指摘等々、お待ちしております。
 では。


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