シネマ村に入った私たちは、小次郎さんに言ったとおり更衣所へと向かい始めた。

「んー、どんな服着ようかー」
「へへ、ウチ大体決めとるよー」
「私も着なければいけないですか……?」
「もっちろんっ! ここに来たらやっぱりやらなきゃね!」

 前を歩いている三人は、既に更衣所でどんな服に着替えるかについて思いを馳せているようだ。元々お喋りは苦手だし、そういう話題に疎い私は一切会話に混ざることもなく、辺りを警戒しながら三人の後ろをついていく。
 昔ながらの長屋風景の中を着物や羽織、果ては忍び装束を身に纏った人たちと学生服を着た人たちが、一緒になって歩いている。普通ならその光景に違和感を覚えそうなものだが、生憎私の身近では日常的に似たような光景を拝むことができるので、既に違和感を感じることはなかった。

「……まぁ、慣れだろうな、うん」

 少し使い方が違うかも知れないが、住めば都、とは言ったものだ。人間、何事も慣れてしまえばそれが普通になってしまうんだろう。
 そんな事を考えている内に更衣所へと到着した。

「よーし、それじゃあ気張って選ぼー!」
「おーっ!」

 ただ服を選ぶだけだというのに、早乙女さんが片手を突き上げながら号令を叫び始め、お嬢様もなぜかそれに乗り始める。流れに乗れなかった私と、どこか達観した表情でいる綾瀬さんの視線が交差し、二人揃って溜息をついた。
 中に入ると、思っていた以上の衣装が軒を連ねている。早乙女さんとお嬢様は早速服の物色に入ったようだ。
 下手に服を変えてしまえば動きが悪くなるので着替えるつもりのない私も、お嬢様たちの服選びが終わるまでの間の時間つぶしに、適当に衣装を見てまわる。

「せっちゃんせっちゃん、見てやー」

 ほどなくして、お嬢様が私を呼んできた。恐らく着替えが終わったのだろう。服の物色を中断してそちらに向かう。

「へへ、どや、似合うー?」
「は……それはもう」

 更衣室の中で、全身を見せるためにクルクルと回っているお嬢様に、本心からの賛辞を短く告げた。
 袖や裾を中心に鞠と花の模様が描かれた美しい橙色の着物。いつもはストレートヘアーにされている長い黒髪は、ポニーテールのように後頭部で纏められ、豪奢な髪飾りが彩を添えていた。正にお嬢様に相応しい衣装だ。

「へへ、ほな、ウチこれにしよー……あれ? せっちゃんは着替えへんの?」

 上機嫌に笑いながら自分の衣装を決めたお嬢様は、不意にそんな事を聞いてきた。

「い、いえ……私にこういう服は似合いませんので……」
「えー!? 絶対そんなことあらへんよー。よし、ウチが選んだる!」
「えぇっ!? そ、そんなお嬢様、私はこのままで―――」
「あーかーん!」

 私の必死の制止もどこ吹く風と、お嬢様は着替えた着物姿のまま、私に着せるための衣装を選んでいく。正直今すぐ逃げ出したいが、立場上そんなことができる訳もなく、せめてもの抵抗として衣装が必要ないことをお嬢様にアピールし続けた。
 ……もっとも、一度火がついたお嬢様をそんなことで止められるはずもなく。

「……本当にこれを着なければならないのですか?」
「うんっ! せっちゃん似合とるよー」

 似合とる似合とる、とお嬢様がしきりに衣装を褒めてくれる。その満面の笑顔からは、本当にそう思っているということがありありと伝わってくる。
 密かに溜息をつきながら改めて姿見の方を向き、お嬢様に強制的に着替えさせられた衣装を見る。
 白地の着物と灰色の袴。その上からは袖口を白のダンダラ模様で染め抜いた薄い水色の羽織を纏っている。額には鉢金を巻いており、こちらからは見えないが、背中に『誠』の一文字が印刷されていた。腰には夕凪とおもちゃの脇差を帯びている。
 名高き新撰組の衣装に身を包んでいる私が、姿見の中に苦笑いで立っていた。

「……なぜ男物の扮装なのでしょう、お嬢様」
「だってせっちゃん凛々しいから、こういう服似合う思て。やっぱ思っとったとおりやわぁ」
「―――」

 ……一応女である私としては、男物の服が似合うというのは、それがお嬢様の言葉だとしても微妙な褒め言葉だった。戦闘に支障がない衣装なだけ、マシと考えておこう。

 着替えが終わったので外に出る。お嬢様はあの後、衣装の小物として番傘もレンタルしていた。内側に梅の花が描かれている。
 早乙女さんと綾瀬さんは気づけば途中でいなくなっていた。恐らく、早乙女さんが辛抱堪らなくなったのだろう。
 待っていると程なくして、こちらに歩いてくる小次郎さんの姿が見えた。やはりと言うかなんというか、いつもの着物姿がシネマ村に自然に溶け込んでいる。

「済まぬ、待たせた」
「うぅん、全然待ってへんよー。へへ、どや小次郎さんこの服。似合とる?」

 遅れたことの謝罪をする小次郎さんに、お嬢様はすかさず着物の感想を尋ねた。先ほどと同じようにその場でクルリと回り、お嬢様が全身を小次郎さんに見せる。
 聞かれた小次郎さんは、一時お嬢様の全身を見渡し、笑みを浮かべて口を開いた。

「あぁ、似合っておるよ。いつかの着物と違い、まるで一国の姫のようだ」
「……へへ、ありがとうなー。相変わらず上手やなー」

 小次郎さんから似合っていると言われて、お嬢様が嬉しそうな笑みを浮かべる。心なしか、先程私に服の感想を聞いてきたときより嬉しそうにしているように見えた。

 ―――まるでではなく、本当に一国の姫のような方なんですがね

 そんな事を思っていると、お嬢様はおもむろに私の手を引いて、小次郎さんの前に立たせた。

「うわっ……」 「ほな、せっちゃんはどや、小次郎さん。似合とるやろー」
「お、お嬢様……」

 自分に引き続き、私の服装の感想も聞きたいようだ。小次郎さんが来てから微妙にお嬢様のテンションが上がっている気がするのは、気のせいだろうか。
 とりあえず、お嬢様を満足させるためにも、小次郎さんが口を開くのを待つ。流石の小次郎さんでも、男物の扮装をした私を褒めはしないだろうが。

「……」

 しばし無言で私の格好を見詰める小次郎さん。その表情は、やはり次第に険しいものへと変わって行った。女性は褒めるもの、という考えがある小次郎さんからしてみれば、一体どういう言葉を贈るべきか決めかねているのだろう。
 ……だけど、険しい表情の中に、少し不機嫌そうな感じがあるのは、私の気のせいだろうか。

「……聞くが、その格好は刹那が選んだのか?」
「い、いえ、お嬢様が選んで下さいました」
「そやよー。せっちゃんならこういう服も似合うと思てなー」
「……刹那はそれでよいのか?」
「まぁ、動きに問題もありませんし……」

 その服に不服は無いのか、と念を押すように確認してきた小次郎さんに、仕方ないというニュアンスを含めて言葉を返す。あのお嬢様の勢いは、きっと長でも止められはしないだろう。
 すると急に、小次郎さんが深い溜息をついた。片手を額に当てて、やれやれとでも言いたげに首を振っている。
 どうかしたのか―――そう聞こうとした瞬間、小次郎さんの姿が私の視界から掻き消えた。

「えぐっ!?」

 間髪いれず、首根っこを後ろから引っ張られた衝撃が私を襲う。何の気構えもしていなかったせいで、変な声が口から漏れてしまった。
 後ろを見るまでもない。現状こんなことをするのは、

「い、いきなり何をするんですか小次郎さん!」
「休日や自由行動の服装までは口を出すまいと決めていたが……もう我慢ならん。折角普段は着れぬ服を着る機会であるというに、なぜ寄りによって武士の格好なのだ。以前にも言ったろう、刹那。其方はもっと着飾るべきだ、即刻着替えよ」
「逸歩まで使ってすることですか!? 第一、大きなお世話です! 私はもうこの服装で構いませ―――」
「却下だ。今より一時、其方の発言の全てを剣道部コーチの名の下に却下する。木乃香殿、ついて参れ」
「ちょっとー!?」
「え、えーと……り、了解やー」

 さすがのお嬢様も唐突過ぎる小次郎さんの行動についていけないのか、事態が飲み込めないまま小次郎さんの後を追い、引きずられる私と一緒に更衣所の中へと再び入っていった。

「いらっしゃいませ……お、お客様方? どうかなさいましたか?」

 私たちを出迎えた店員が、怪訝そうな声で尋ねてきた。今の私は小次郎さんに首根っこを捕まれて後ろに引きずられているので、小次郎さんの正面にいる店員の顔色を窺うことはできないが、その声色から少なくとも疑問を抱いているというのはよく分かった。

「済まぬが料金は払うゆえ、この者の服を見立ててくれぬか? そうだな……年頃の武家娘にでも仕立て上げてくれ」
「……? か、畏まりました」
「忝い。それと……」

 困惑したまま、店員が服の見立てを了承する。それを確認した小次郎さんは襟首から手を離すと、何を思ったのか私の腰からあっさりと夕凪を奪い去った。

「え? な、何を……」
「しばし、この刀も預かっていただけぬか。大事な品でな、保管は丁重に頼みたい」
「よ、よろしいのですか?」
「構わぬ」
「小次郎さん!?」

 小次郎さんの奇行には慣れている私だったが、ついにその行動が私の理解の範疇を超えた。
 今現在、私たちは敵に尾行されている。それに気づいたのは他ならぬ小次郎さんだ。それなのになぜ、小次郎さんは私から夕凪を奪うのか。もちろん私は夕凪がなくても戦えるが、それが最大の戦力であることは間違いない。あまつさえ小次郎さんは私と同じ剣士だ、敵に尾行されていなかったとしても、愛刀への想いは誰よりも理解しているはず……。
 理解できない現実が、私に強いショックを与えていた。
 すぐさま理由を問いただそうとしたが、私は木乃香殿と外で待っておるよと言い残して、私が文句を言うよりも早く、小次郎さんはスタスタと外に歩き去ってしまった。

「ちょ、待って―――あの人は、本当に……!」
「お客様、こちらの服などいかがでしょう?」
「……もう、それでいいです」

 結局追いかけることもできず、私は渋々と、店員が選んだ服に袖を通していくのだった。







 ―――刹那を店員に任せ、木乃香殿と共に店の外で待機すること暫し。着替えを済ませた刹那が、しずしずとした足取りで私たちの前に姿を現した。

「ほう……」
「ふわぁ……」

 その姿を見た途端私たちは、思わず感嘆の声を口から漏らしていた。
 刹那が着替えてきたのは、白を基調とした振袖だった。袖や裾には見事な藤の花が描かれており、裾の一部を染めている黒色が、花の存在感と白地の美しさを引き立てている。帯は白地にある黒よりも深い黒で染められており、そこには黄色い菊の模様が描かれていた。
 また服装だけでなく、刹那自身にも変化があった。まず髪型が、私や今の木乃香殿と同じようにぽにーてーるになっている。髪を止めている簪と櫛は質素なものだが、逆に刹那の雰囲気とよく合っていた。このまま私が生きていた時代に持っていったとしても、なんら違和感はないだろう。

「素晴らしい。よく似合っておるぞ刹那。正直、ここまでとは思っておらなんだ」
「ほんまやわぁ。せっちゃん綺麗やなぁ」
「……嬉しくありません」

 木乃香殿と共に手放しの賞賛を送るが、刹那の表情は不機嫌そのものだ。その感情を隠そうともせず、あからさまに振りまいている。着慣れぬ服を着ているせいであろうか。

「なに、刹那よ。最初は気恥ずかしかろうが、歩いている内に慣れるものだ」
「……そうじゃありません!」
「せ、せっちゃん?」

 私が励ましの言葉を口にした途端、それが引き金になったように、刹那は今までにない怒りと敵意を瞳に宿して私をねめつけてきた。その身からはあまつさえ、少量の殺気までもが溢れ出している。突然の豹変に驚いたのか、身を竦めた木乃香殿がおろおろと私と刹那の間で視線を行き来させていた。

「―――小次郎さん、なぜ私から夕凪を奪ったんですか。もちろんちゃんとした理由があるんでしょうね」

 剥き出しの怒りを全て込めたような、憤怒の言葉だった。

 ……我ら剣客にとって愛刀とは即ち半身だ。それを何の前触れもなく、一方的に取り上げられれば、私でも同じ怒りを抱こう。先は失念していたが、刹那のこの怒りは当然のものであり、甘んじて受け入れるべき叱責であった。
 その怒りに応えるために、刀さえあれば今にも斬りかかりそうな刹那の目を真っ向から見据えて、私は口を開いた。

「無論だ」
「……では聞かせていただきましょうか」
「理由は簡単だ。武家娘に、刀など似合わぬ。故に、だ」
「―――は?」

 刹那の瞳から怒りと敵意が消えて、呆然としたように開かれた口から、そんな音が漏れていた。

 そう、私はたったそれだけの理由で刹那から夕凪を取り上げた。敵を欺くという目論見はおろか、木乃香殿との仲立ちのためという思いすらも存在しない、直情的な理由だったのだ。
 敵に追われている現状も、木乃香殿が狙われている状況も、私の行動が理不尽かつ傍若無人であることも。その全てを理解した上で、刹那が着飾らぬことの方が許せなかった。

 刹那の目に、私の真意を探るような色が宿る。ほんの数秒の睨み合いが終わると、刹那は静かに口を開いた。

「……本気のようですね、呆れたことに。ではお聞きしますが、貴方一人でできると思っているんですか?」

 それは暗に、一人で木乃香殿を守り通せるのかと、私に問うていた。間髪入れずに頷き、言葉を返す。

「無論だ。そうでなくば、このようなことはせぬ。
 それと、一つ間違っておるぞ。私一人で、二人まとめて守って見せよう」

 絶対の自信を込めて私の覚悟を言い放つ。それを聞いた刹那は、盛大に肩を落としながら、これ以上ないだろう溜息を吐き出した。

「……分りました。ですが、しっかり守っていただきますからね、小次郎さん」
「え、えぇのせっちゃん? ホンマに嫌なら、無理に着替えんでも……」

 刹那が本気で怒る姿を始めて目にしたのだろうか、依然怯えた様子を見せながら、木乃香殿が気遣いの言葉をかける。だが刹那は、さっきまでの怒りが嘘のようにさっぱりした表情で首を横に振ると、おもむろに口を開いて、

「いいんです。だって小次郎さんですから」
「―――ほえ?」
「なに……?」
「小次郎さんですから、仕方ないんです。えぇ、ようやく分りました」
「……あははは! それえぇなぁ、だって小次郎さんやから!」

 ……何が楽しいのか木乃香殿はひとしきり笑った後、「なんや色々使えそうな言葉やなぁ」とご機嫌な様子で刹那に賛同している。だが当然、私としては甚だ面白くない。
 何なのだ、その私ならば仕方ない、というのは。

『まるで私がいつも気まぐれで行動を決めているようではないか、失敬な……』

 自分の表情が憮然としたものになっていくのが分る。このままではまた失礼なことを言われそうなので、話題を変えようと口を開いた。

「……そろそろ時間もない。私はシネマ村とやらを早く散策したいのだが?」
「あやや、小次郎さんが拗ねてもうた。しゃーないなぁ、ほないこかせっちゃん、小次郎さん」
「はい、お嬢様」
「むぅ……」

 私の言葉を聞いた木乃香殿は更に失礼なことを言いながらコロコロとした笑みを浮かべて、本当に楽しそうにしながら歩き始めた。私にある程度の意趣返しができたからだろうか、いくらか険の取れた表情で、刹那が後に続いていく。
 その二人の後ろを、小さく溜息を零してから、私も付いていくのだった。












 後書き
 ようやっと気分が乗って最後まで書ききることができた。大変長らくお待たせしました、逢千です。
 約二ヶ月もお待たせした訳ですが……さて、こんなにも長い間待っていただける読者がいるのかどうか。不安になりながらも、とりあえず修学旅行が終わるまでは書き続けます、はい。
 なにはともあれ、今回のお話はいかがだったでしょうか。
 小次郎先生、再びフィーバー。26の男が15の女子中学生を力ずくで自分好みの服に着替えさせる……どう見ても変態です本当にありがとうございます。あまつさえ刹那から夕凪まで取り上げて……何やってんだろうねこの男は!(やらせた張本人
 そしてついにせっちゃんが悟りを開きました。その境地とは「だって小次郎だもの」。だいたいの小次郎の行動がこれで済んでしまう、素晴らしいセリフだと思います、はい。というかよくここまで我慢できたなせっちゃんよ……。
 次回もだいたいこんな感じで話が進むと思いますが、同時に武蔵の登場も近づいております。ご期待ください。
 感想・意見とうとう、お待ちしております。
 では。


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