……ネギ先生達がゲームセンターを後にしてから、二十分ほどが経過した。


 お嬢様を含め、早乙女さん達はまだゲームで遊んでいる。遊んでいるのは、先ほどネギ先生が地元の子と対戦していたものだ。何でも、関西限定のカードが手に入るらしい。
 今実際にゲームをプレイしているのは早乙女さんだ。お嬢様もユエさんも、後ろから早乙女さんの応援に徹している。
 どうやら早乙女さんはかなりの実力者らしく、現在四連勝中、と画面に表示されていた。周りの人たちも、早乙女さんのプレイを見るべく、大きな画面に釘付けになっている。


「っしゃー! これで五連勝! このパル様に敵はない!」
「おー! ハルナすごーい!」
「ハルナ……ほどほどにしないと、他を回る時間がなくなりますよ?」


 早乙女さんがまた勝ったことにより、画面に表示されている連勝数が、一つ増える。それでも席を離れないところを見るに、六ゲーム目に突入するつもりなのだろう。もしかしたら、一位になったらゲームを続行できる仕様なのかもしれない。
 お嬢様は、依然として早乙女さんを応援する姿勢だが、ユエさんだけは、そろそろ止めるよう促していた。


『……いい笑顔だ』


 柱に寄りかかり、改めてお嬢様の笑顔を眺めながら、そう思った。
 麻帆良学園に入ってからというもの、お嬢様は友人を多く得て明るくなった。部活動にも精を出し、毎日を楽しく過ごしているように感じる。
 特に、小次郎さんと付き合いをするようになってからは、一層笑顔が多くなったように思える。そういう意味では、私は小次郎さんに深い感謝を感じていた。
 ―――やはりお嬢様には、このまま私達の世界に関わらず、平和に過ごしていただくのが一番だ……
 木乃香お嬢様は、その血脈ゆえに強大な魔力を身に秘めている。こちら側の世界に足を踏み入れれば、その力を悪用しようとする輩が後を絶たないだろう。そうなれば必然的に、お嬢様の身は危険に晒されてしまうし、長も学園長も……もちろん私も、それは望んでいない。


『この修学旅行では、少し親しくしすぎた……修学旅行が終わったら、今までどおり関わらないようにしよう……』


 そのためには、裏の世界に関わっている私が木乃香お嬢様の傍にいる訳には行かないのだ。私が傍にいれば、否が応でも木乃香お嬢様を巻き込んでしまうから。
 だから、私が木乃香お嬢様から離れることは、仕方の無いことなのだ。


 ―――せっちゃんが、ウチを嫌ってへんって分ったから、嬉しくて……


 しかし。初日の夜、天ヶ崎 千草から奪い返した木乃香お嬢様が、涙を浮かべながら告げた言葉が蘇り、私の心が締め付けられる。
 ……仕方の無いことなのに。木乃香お嬢様が平和に暮らすには、仕方の無いことなのに―――


「そら」
「ひゃあっ!?」


 突然頬に冷たいものが押し当てられて、素っ頓狂な声が口から漏れた。当てられた場所を押さえつつ、慌ててそちらを振り返れば、クツクツと笑いを押し殺している小次郎さんの姿があった。


「い、いきなり何をするんですか!」


 思考に没頭していたところに悪戯を仕掛けられたせいで、発した声がかなり大きくなってしまったのも致し方ないだろう。


「なに、あまりに隙だらけだったので、ついな。そう睨むな、これでも飲んで気を落ち着けよ」
「……」


 差し出されたのは、よく冷えた缶ジュースだった。ラベルには『そーい!お茶』と書かれている。
 いくら悪戯を仕掛けられたとはいえ、わざわざ買ってきてくれたものを受け取らないのは失礼だ。最後まで小次郎さんを睨みながら缶を受け取り、プルタブを押し上げてお茶を喉に流し込む。  ……まぁ、ちょうどいいと言えばちょうどいい。木乃香お嬢様もいないし、聞くなら今だろう。


「楽しそうに遊んでおるな。刹那も一緒に遊んできてはどうだ?」
「いえ、結構です。ああいうゲームには疎いもので」


 隣に並んだ小次郎さんが、自分の分の缶―――同じくお茶だ―――を飲みながら、木乃香お嬢様のところへ行ったらどうだと勧めてくる。私はそれに、明確な否定を返した。
 もうその手には乗らない、という意味も込めて。


「ところで小次郎さん、一つ聞きたいことがあるのですが」
「ふむ、何かな」


 かねてより疑問に思っていた、小次郎さんの行動。
 ついに、確信を持ってその疑問を口にした。


「私と木乃香お嬢様の仲立ちをしようとしていますよね?」


 しっかりと小次郎さんを見据えて放った言葉は、ほとんど確認に近いようなものだった。
 最初は全く気づけなかったが、修学旅行に来てからの小次郎さんの行動があからさまだったおかげで、ここまでの確信を得ることができたのだ。


 私の突然な言葉を聞いて、小次郎さんの表情に驚きの色が差す。それを見て、この人の驚いている表情は珍しいなと、場違いな感想を抱いた。
 ジッ、とにらみ合いが続く。次第に辺りの音が耳に入らなくなる。
 見つめ返してくる小次郎さんの目は、私の真意を探ろうとしているように見える。この場をはぐらかそうとしているということは、私でもよく分かった。
 そして、それはそのまま答えとなっていた。


「…………ふぅ。どうやら、無駄なようだな」


 三十秒ほどそうしていただろうか。根負けしたように目を閉じた小次郎さんの口から、そんな言葉と共にため息が漏れた。


「如何にも、刹那の思っておる通りだ。私は木乃香殿から、其方との仲立ちを頼まれておる」
「やっぱり……それで執拗に、私とお嬢様を一緒にさせていたんですね」


 私の言葉に、左様、と小次郎さんが苦い表情で頷いた。きっと心の中では、お嬢様に申し訳なく思っているのだろう。
 その弱り目を叩くように、はっきりした言葉を口にする。


「私とお嬢様の昔の関係は、既に聞いていると思いますが……私はもう、昔のような関係に戻る気はありません。だから、これ以上仲立ちはしないで下さい」
「…………それが其方の本心なのか?」
「そうです」


 私の目を見て、念を押すように問いかける小次郎さんに、少しの間もおかず返答する。
 その瞬間、心が何重にも痛んだ。
 ……そうだ、元に戻りたくない訳がない。私だって、木乃香お嬢様と遊びたいし、一緒に笑い合いたい。立場を忘れて、普通の友達のように付き合いたい。
 小次郎さんにだって申し訳ない。木乃香お嬢様の為に動いていた小次郎さんの今までの働きを、私が全部無駄にしてしまったのだから。きっと、今の小次郎さんとの関係もこれで崩れてしまうことだろいう。
 けど、私が木乃香お嬢様の隣に戻ることは、望んではいけないことなのだ。木乃香お嬢様が平和に暮らすために。私たちの住む世界に関わらせないために。


 つい数分前に固めた決意が揺らぐ。それを、歯を食いしばって握りこぶしを固めることで耐えた。
 依然としてこちらを見つめる小次郎さんに、早く私を見捨ててください、と願いながら。


「…………分かった。私はもう、其方の意思に干渉せぬと約束しよう。要らぬおせっかいであったようだしな……」
「―――ありがとうございます」


 言葉どおり、諸手を挙げて降参を示した小次郎さんに、断腸の思いで頭を下げた。
 ―――これでいいんだ、これで……
 そう、心の中で呟きながら。


「だが、最後に一つだけ答えてほしい。
 刹那。其方が守りたいものは、誰だ?」


 干渉しないと約束したにも関わらず投げかけられた問いは、きっと小次郎さんが自分の気持ちにけじめをつけるための物なのだろう。
 負い目もあった私は、小次郎さんのために、率直な気持ちを答えた。


「木乃香お嬢様です。この気持ちだけは、生涯変わりません」
「そうか……つまり刹那は、『近衛木乃香』を守りたいのだな」


 私の答えを聞いて、小次郎さんが変に言葉を繰り返す。
 まるで、私が守りたい者を、念を押して確認させるように。
 そして、その真意を考えようとした瞬間―――


「―――では問おう。桜咲刹那。其方は『近衛木乃香』を守りたいと言った。ならば、其方しか知らぬ『このちゃん』は、誰が守るのだ?」


 それは、周りの騒音を全て押しのけて私の耳に届いた、呪いにも等しい言霊だった。
 小次郎さんの口から放たれた音が、信じられない力で私の決意を揺さぶる。瞬きも忘れて、私はその場に立ち尽くしてしまった。


「私のおせっかいはここまでだ。後は刹那に任せる。だが、黙って逃げるという選択肢だけは止めてくれ。木乃香殿が余りにも哀れだ」


 私も道化になってしまうしな、と苦笑いと共に言葉を残し、一度も振り向くことなく小次郎さんは私の傍を離れていった。


「いよーっし! 六連勝目ー!」
「……こ、これは幻のレアカード!? ハルナ、やったです!」
「随分と楽しそうだな。私も見物させていただこう」
「あ、小次郎さんや。せっちゃんは?」
「あそこで休んでおるよ。少し疲れたようだ」
「ほかー。ほしたら、一緒にハルナを応援しようなー」
「ふふ、承知した」


 お嬢様たちと合流し、そのまま早乙女さんの応援に回る小次郎さん。その隣で、木乃香お嬢様が、より笑みを深くして笑っていた。
 今のお嬢様の表情に、修学旅行前の笑顔を重ねることはできない。誰がどう見ても、今の笑顔の方が良いという事が、他ならぬ私にはよく分かっているから。
 なぜなら、今のお嬢様の笑顔は、私がこのちゃんと遊んでいた頃の笑顔に瓜二つだったのだから。


 ―――私は……


 小次郎さんに揺らされた決意が、私に問いかける。
 お前は、一体どうしたいのかと―――












 後書き
 サイトリニューアルするといった結果がこれだよ!!
 色々な意味でごめんなさい。逢千です。
 リニューアルが進まないなら、普通に更新しておけばいいじゃない、という天啓に従い、急遽更新した三十一話、いかがでしたでしょうか。
 話の量・進展としては物足りなかったかもしれませんが、その分中身で補えていると信じたい。
 小次郎さんがすごく主人公ですが、この花鳥風月では主人公なので無問題。この問いで、刹那にはちょっとでも大人になって欲しいものです。
 リニューアルは、さていつになることやら……。
 感想・指摘などなど、お待ちしております。
 では。


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