ウチらが路地裏に身を潜め、人払いの呪符を展開してから十分が経った。
 それは丁度、犬上がゲーセンへ視察に入ってから経った時間と同じや。今頃、何らかの方法であの坊やの名前を調べとるやろ。上手くすれば、今すぐ帰ってきても不思議やないが……
 つと、視線を路地裏の入り口に向ける。犬上はまだ帰ってこないみたいや。


「まさか、普通にゲームで遊んどるとちゃうやろな……」


 視察の為に連中と接触する以上、顔が割れてないのが選考の第一条件や。既にこの時点で、候補は二人しかおらんかったが、新入りはゲームなんかできん言うて、早々に視察の候補から外れよった。
 つまりほとんど消去法で、犬上を選んだんやが、思いのほかゲームの経験はあるみたいやから、どう選んでも犬上になっとったと思う。
 いくらかの金を渡されて、ゲーセンに駆けて行く時の犬上の顔は、年相応に楽しそうやった。もしかしたら、負けず嫌いの犬上が今もあの坊やと対戦を続けてるのかも知れへん。
 まぁ、木乃香お嬢様も一緒のゲーセンにおる以上、ウチらも動けんから、それまでは構わへんのやけど。


「月詠、茶」
「は〜い、お師匠様〜。フェイトはんもいかがですか〜?」
「……暇だしね、頂くよ」


 天劫はんもやっぱり暇なんか、月詠はんに水筒から茶を注がせとった。
 天劫はんに茶を渡すと、月詠はんはそのまま新入りにも茶を勧めた。すると珍しいことに、今までなんも受け取ろうとしなかったフェイトはんが、素直に茶を受け取っていた。よっぽど暇なんやろう。
 かく言うウチも、さっきから手持ち無沙汰で、犬上が戻ってこないかと何度も路地裏の入り口に目をやっていた。


「おーい、戻ったで」


 すると丁度、犬上が戻って来おった。スッキリしとる表情から察するに、ゲームでは勝ったんやろ。


「お疲れさん。それで、どやった?」
「あぁ。やっぱ苗字、スプリングフィールドやったわ」
「フン、やはりあのサウザンドマスターの息子やったか……」


 犬上の報告を聞いたウチは、忌々しさを隠そうともせず、あの英雄の異名を口にした。
 あの坊やを初め見た時から、どうにもどこかで見たことがあるような感じがずっとウチの中にあった。そしてそれは、初日の夜に見せた、年齢に見合わない魔法の威力を前にして、半ば確信に近い疑問へと変貌した。
 桁違いの魔力、赤い髪の毛、面影を残す顔立ち……考えれば考えるほど、あの坊やはナギ・スプリングフィールドに生き写しやった。
 もちろんまさかという思いもあったが、結果はこの通りや。


『あの大鬼神を封印した男の息子が親書を持ってくる……なんやでき過ぎとる気もするがな』


 もしかしたら、東の長はそこまで考えているのかも知れへんけど、そんなもんウチには関係ない。むしろ、目的を達成するついでにあのサウザンドマスターの息子に一泡吹かせてやれるなら、棚から牡丹餅の好都合っちゅうもんや。
 それに……上手くすれば『サウザンドマスターの息子なのに』なんて醜い理由で失敗を罵る、東の連中の姿も見れるかも知れへん。
 そう考えれば、あの坊やの存在は、ウチに二の足を踏ませるどころか火に油を注いでくれた。旅館の中に招き入れてくれたことといい、こりゃちょっと感謝せなあかんなぁ。


「こら、相手にとって不足はないなぁ……一昨日の借りはキッチリ返させてもらうえ。あんたら、用意はええな?」


 自分でも不敵と分かる笑みを浮かべながら、後ろにいる頼もしい連中を振り返る。
 そこに、一番いて欲しいお方がおらんかった。


「……あ、あれ? 天劫はんはどこいったん?」
「お師匠様は、つい先ほどお手洗いに向かわれました〜」
「なんやそれ……」


 初日の夜に引き続き、ここぞという時にいてくれへん天劫はんに、流石に肩がずり落ちる気分になってもうた。


「なー、千草の姉ちゃん。あのネギってガキ、ツインテールの姉ちゃんと一緒にゲーセン抜け出したで?」
「なんやて? 天劫はんにも困ったもんやな……まぁ、あの人のことや、どっかで合流するやろ。
 ほな、ウチと犬上で坊やたちの後を追うで。月詠と新入りは、引き続きお嬢様を監視して、なんとか攫ってくれや。天劫はんにも、そう伝えといてや」
「おーう」
「分かりました〜」
「了解」


 各自に役割を言い渡した後、ウチは気持ちを切り替えて、仇敵の息子の後を追い始めた。










   …………人気のない路地裏を、武蔵が下駄を鳴らしながら歩いていた。
 家屋に挟まれているせいで太陽の陽が届かず、気温が表通りに比べてひんやりとしている。路地の狭さにより吹く風の勢いも増していて、表通りに比べると肌寒さを覚える。
 暖かい陽気が包む春の季節とはいえ、それは陽が届く場所に限った話であり、このような路地裏など陰になっている場所では、太陽の暖かみなど感じられるはずもない。


『俺のいた世界も、ちょうどこんな感じだな』


 宮本家は最初、神鳴流の中でそのような役割を担ってきたらしい。形こそ変わってはいるものの、それは今も変わっていないのだが。
 この路地裏が、今まで生きてきた自分の場所と少し似ていたせいだろう。悔やむといった風ではなく、ふと振り返るように、武蔵は一瞬己の人生を思った。


 ―――まぁ単に、自分がそういう場所に生まれただけのことだ。


 すぐに振り返るのを止めた武蔵は、懐から携帯電話を取り出し、登録されてる番号を呼び出した。


[いかがなさいましたか、旦那様]


 呼び出しのは、山中の屋敷にいる使用人、銀であった。


「あぁ、お前に報告しない訳にもいかねぇと思ってな」
「……」


 要領を得ない武蔵の言葉であったが、そこから何かを感じ取ったのか、銀はしばし沈黙を保った。
 そして、ゆっくりと口を開く。


[……声に、昔のような張りがございますな。何か喜ばしいことでもありましたか?]
「おう。良い剣客が敵にいてな」


 喜びを滲ませた銀の言葉。それに対し、再び端的な言葉を返されたが、武蔵をもってして『良い剣客』と言わしめるのだから、相当な相手なのだろうと銀は悟った。


[これは、おめでとうございます……と言うべきですかな、坊っちゃん]
「今さら坊っちゃんは止めろ、銀二。第一、俺を殺せる相手が出てきたことを祝うんじゃねぇよ」


 若干のからかいを含んで告げられた祝いの言葉を聞いて、武蔵が諌めるように言い放つ。しかし、表情には苦笑いが浮かんでおり、その声からは、千草が感じたような棘や威圧感を見つけることはできなかった。
 受話器の向こう側故、銀―――もとい、銀二にその表情を窺い知ることはできなかったが、依然として生気に溢れている声を聞くだけで、その変化を感じることができる。改めて、武蔵の変化に喜び、頬を綻ばせた。


「まぁ、そういうことだ。……で、例の件はどうだった」


 最後に一つ、含み笑いを浮かべた武蔵は、一転して声と表情を厳格なものに変えた。
 それを感じ取った銀二も同様に、綻ばせていた頬を引き締め、調べ上げた情報を報告する。


[はい。まだ明確に特定するには至っておりませんが、旦那様が予想した通りでございました]
「だろうな。そうでなきゃおかしい。
 引き続き調査を続けろ。それが終わったらいつも通り、もしもの時に備えて準備しておけ。今回は特に念入りにな」
[畏まりました、旦那様]


 当主としての命令を残し、最後に恭しい銀二の返事を聞いて、武蔵は通話を切った。


『……できればあの予想は、外れてくれた方が後腐れなくて楽だったんだがなぁ』


 厄介なことになってきた、とぼやきながら、頭をボリボリとかく。
 とはいえ、それが起こりえるのは千草の計画が破綻した時であるし、そうなった場合の対処策も既に考えてあるので、面倒臭くはあるが問題はないだろう。
 そう断じて、武蔵は千草たちの下に戻るべく、来た道を引き返し始めた。いつ動きがあるか分からない今、長く離れるのは拙いからだ。
 千草は、今日中に近衛 木乃香を奪取すると言っていた。ならば、あの佐々木 小次郎と再びぶつかる可能性は高いといえる。
 その瞬間を想像したのか、武蔵の顔に堪え切れぬといった獰猛な笑みが浮かび上がる。全身からは気迫が立ち上り、周囲にいた鳥たちが恐れをなして一斉に飛び立った。
 口の端を吊り上げ、犬歯を覗かせる姿は、獲物を前にした猛獣のそれである。


「……行くぜ」


 その言葉は、数刻の後自分の前に立ちはだかるであろう男に、向けられていた。


 感想掲示板へ


 三十話へ


 三十一話へ


 戻る