「それでは麻帆良中の皆さん、いただきます」


 ―――いただきまーす!


 ネギの合図がかかり、待ってましたとばかりに皆が朝食に箸をつけていく。友人と会話をしながら食事を楽しんでいる姿は、それだけでなんとも微笑ましいものを覚える。
 私も手を合わせ、小さくいただきますと呟いてから食事に取りかかった。


「……うむ、美味い」


 おかずの一つを口に運び、十分に咀嚼する。今日の朝食は少量のおかずが多彩に用意されており、全く飽きが来ない。今度茶々丸に、このような夕餉を頼んでみよう。


「小次郎先生。今日の予定とかって入ってるんですか?」


 考え事をしながら箸を進めていると、私の右斜め横に座っておる3−Sの生徒がそう私に話しかけてきた。
 担任はそれぞれが受け持つクラスのどこかのてーぶるに相席し、食事をすることになっておる。私はてーぶるの端に座っているので、生徒全員を見渡すことができていた。


「うむ。今日は、生徒と京都を巡る約束が入っておる」
「えー、またですかー? 今日こそはって思ってたのに……」
「済まぬな。麻帆良に戻ってからでよければ、付き合おう」
「絶対ですよー。いいなー、寺内と藤原は。小次郎先生ともう一緒したんでしょ」
「奈良公園でねー。ぷぷ、今思い出してもあの小次郎先生は……」
「寺内殿、それは内緒の約束であろう……」
「なになに、何があったの寺内?」
「ふふふ、秘密ー。約束したしねー」
「ずるーい!」


 私の目の前で、仲睦まじい会話が交わされていく。3−Sの皆は、よほど寺内殿と藤原殿が羨ましいのか、しきりに奈良公園を散策した時の話を聞きだそうとしていた。
 その話に自分が関わっているだけに、妙な気恥ずかしさを覚えてしまい、何やら体がむず痒かった。


「そら、皆よ。話すのもよいが朝餉は残すでないぞ、作ってくれた者に失礼だ。どうしても食えぬ物は、周りの者に食べてもらえ」


 朝餉が終わる時間が迫ってきたので、軽く手を打ち鳴らしながら食べることを促す。はーい、と返事を返した皆は、話すことこそ止めなかったが、順当に自分の分の朝餉を平らげていった。
 食事が終わり、一斉に『ごちそうさまでした』を済ませると、源殿が口を開いた。


「はいはい、皆さん。今日三日目は完全自由行動日よ。部屋に戻って準備してね」


 源殿が告げたとおり修学旅行三日目は、各クラスの各班毎に自由に京都を散策できる、完全自由行動日だ。皆、思い思いの場所へ赴けるのがよほど楽しみなのか、部屋へ向かう足取りはどれも軽いものであった。
 かくいう私も、今日は待ちに待った日である。武蔵との一戦で汚れてしまった一張羅のくりーにんぐが終わる日なのだ。
 何とか今日の朝に届けてもらえるよう頼み込み、了承してもらったので、今頃私の部屋に届けられておろう。
 早くいつもの服に着替えたい気持ちが現れたからか、部屋へと戻る私の足は、常よりいくらか速く動いていた。


「ちょっと、どーすんのよネギ!?」


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえて、足を止めた。そちらを向いてみれば、隅の方でなにやらネギに詰め寄る明日菜の姿があった。
 刹那と朝倉殿もおるところを見るに、恐らく昨夜のことであろう。
 今日の段取りを確認する意味合いも含めて、進む先をそちらに変えた。


「おはようございます、小次郎さん」
「うむ。どうかしたのか、明日菜よ」
「あ、小次郎先生。見てくださいよコレ!」


 挨拶をしてきた刹那に応えてから、明日菜に事情の説明を求めると、案の定示してきたのは昨日の騒動の産物であった。


「こーんなにいっぱい仮契約カード作っちゃって、一体どう責任取るつもりなのよネギ!」
「えうっ! ぼ、僕ですか!?」
「まぁまぁ姐さん、いいじゃねぇか」
「そうだよアスナ。儲かったってことでさ」
「うむ、責は其方らにあるからな。どうやら昨日の罰だけでは足らぬようだな、朝倉殿も白長鼬も」
「も、もーけっこうです……」
「し、しろなが……」


 改めてネギの方を振り返り、仮契約かーど―――正式なものが一枚、失敗に終わったものが三枚ある―――を突きつけながら明日菜が詰め寄る。狼狽するネギを二人が擁護したが、それが自己弁護のためであることは見え見えなので、多少睨みを聞かせながら注意をした。


「本屋ちゃんは一般人なんだから、厄介ごとには巻き込めないでしょ。イベントの景品らしいから、カードのコピー渡したのは仕方ないけど……」
「魔法使いという事もバラさない方がいいでしょうね」
「アスナさんも一般人じゃ……」
「今更私にそーいうこと言うわけ、ネギ?」


 依然としてあれこれと話を続ける皆を眺めながら、私は少し、あの仮契約かーどができてしまった経緯を思い返した。


 ―――ネギの部屋を後にし、双子の鳴滝姉妹を初め、残りの参加者の皆を探しておった私は、廊下をフラフラと歩くネギを見つけた。
 一体どうしたのかと思い声をかけると、振り返ったネギは頬を染めながらおもむろに、


「小次郎さん……キス、してもいいですか?」


 そう頓珍漢なことを言って、私を凍りつかせた。
 まさか幼くして衆道の気があったのか―――混乱した頭でそんなことを考えている間に、チュー! と意味の分からぬ音を発しながら、ネギが両手を広げて飛び上がり、私に向かって落ちてきた。その視線は揺らぐことなく、私の唇に向けられていた。
 生理的な、それこそ先の古殿以上の悪寒を感じた私は、咄嗟にネギの首に向けて手を突き出した。接吻を回避せんがための行動であったが、思いもよらな過ぎた行動のせいで、掌は目測を誤り、ネギの首ではなく顎を迎撃してしまった。
 ごひゅっ、という生々しい音がネギの口から漏れる。落ちる勢いもそのままに、首を支点にして半回転したネギは、後頭部から床に落下してしまい、鈍い音が辺りの音を食らい尽くした気がした。
 図らずも、命に関わる落ち方をさせてしまい、ゾッと私の背筋を寒気が走った。体はおろか、思考すら止まってしまった中、ネギが唐突に口を開く。


「ミッション失敗。ミギでした」
「な―――!?」


 その言葉を口にした瞬間、ネギ―――もとい、ミギが爆発した。
 腕で顔を覆い、爆風をやり過ごすと、一枚の紙が床に舞い落ちていた。拾い上げてよく見てみれば、それは人の形をしており、『ミギ・スプリングフィールド』と書かれておった。


「……まさか」


 嫌な予感が脳裏を過ぎった瞬間、一階から爆発音が響いてくる。それは一度で終わらず二度、三度と断続的に響いてきた。
 素早く走り出し、飛び降りる勢いで階段を駆け下り、一階にたどり着く。
 そこで私が見たものは、死屍累々といった風に横たわる残りの参加者と、顔を赤くして向き合っているネギと宮崎殿、その二人を見守る綾瀬殿であった。


 ……事ここに至り、ネギが外の見回りに行くと言っていたことを思い出したのだが、今は置いておこう。


「す、すいませんすいません……!」
「いえ、あ、あのこちらこそ……!」


 何故かネギと宮崎殿は、しきりに頭を下げあっていたが、兎にも角にもこの一件を収集させるのが先だと思い直す。


「ネギ、丁度よいところに」
「あ、こ、小次郎さん!? あの、これはその……!」
「其方に聞きたいこともあるが、私はこれから主犯を引っ捕らえに行く。その間、この場を任せる。全員正座させておいてくれ」
「え、は、はい……」


 そうネギに言い残し、一時この場を預けた私は、すぐさま主犯の二人(一人と一匹)を引っ捕らえ、迷惑な催し事を終わらせたのだった。


『まこと、昨日は散々な夜であった……』


 催し事が終わった後も、後始末をしたり、騒ぎを聞きつけた先生方や旅館の方々に事情の説明(爆発のことは白を切り通した)と謝罪をしたりと、苦労の目白押しであった。朝方四時まで皆を正座させていたが、もっと長くても良かったかも知れぬ。
 更に、これはいくら騒動のせいとは言え、忘れておった私が悪いのだが、見回りに行く時間くらいは教えて欲しいと、ネギには今後の為に釘を刺しておいた。


「……んな、旦那、どうしたんスか?」
「―――む、済まぬ。少々考えごとをしていた」


 カモ殿に呼ばれて、皆の話を聞いていなかったことに気づいた。済まなかった、と謝罪しつつ顔を上げれば、明日菜がいつか見た得物を持っておった。


「それは……一昨日使っていたものだな。しかしどこから出したのだ? 先は持っておらなかったろう」
「旦那、これが仮契約カードの能力さ。術者と契約した従者の資質に合った専用の魔法道具を呼び出せるんスよ」
「ほう、何とも便利なものだな……」
「それがハリセンってのが気に食わないけどね、私は……」


 一昨日の夜は、どう見ても武器としては成り立たぬ得物で戦っている明日菜を見て首を傾げたものだったが、魔法道具であるというなら納得である。


「今後の事を考えるなら、旦那にも仮契約して欲しいんスけど……どうでい旦那、兄貴と一発スパーンと」
「残念だが、お断りしよう。私には青江がある。それに仮の契約、というのはどうも性に合わぬ」
「言うと思いました……」
「理解を得られて何よりだ、刹那」


 戦略的に見れば、ここでネギと仮契約とやらを結ぶのが正しいのであろうが、それは私の矜持に反するので、断固として拒否しておく。呆れ混じりに私にそう言った刹那には、一応の礼を返しておいた。


「……やっぱり怪しい」
「どったの、アスナ」
「うぅん、何でもない」


 何やら明日菜がこちらをジッと見つめていたが、大したことでもなかろうと捨て置き、今日の段取りの確認をしようと申し出た。


「そ、そうですね。
 先ず、僕と明日菜さんが二人で親書を渡しに行きます。その間、刹那さんと小次郎さんは、木乃香さんを中心として生徒を守っていて下さい。無事に親書を渡したら、携帯で連絡を入れます」
「うむ……ネギよ、やはり私も其方に同行した方がいいのではないか? 修学旅行ももう三日目だ、向こうも必死になって親書を奪いに来よう」
「はい、それはそうなんですけど……刹那さんの言うとおりなら、敵は木乃香さんもターゲットの一つに入れていると思うんです。だから、どちらかの守りを疎かにする訳には行きません。それに、僕とアスナさんなら連携も取りやすいから、この組み分けを考えました」
「むぅ…………承知した。刹那と明日菜はどうだ」
「私は異論ありません」
「私も、ネギので問題ないと思うわ」


 満場一致で今日の流れが改めて決定したところで、私は部屋に戻ることにした。刹那も準備の為に部屋に戻るとネギたちに残し、私の後に着いてきた。


「小次郎さん……お嬢様の護衛ですが、私は影から監視しようと―――」
「ならぬ」


 その途中、また刹那がいつもの訳の分からぬことを申してきたので、言い終わるより早く否定を返した。


「……なぜですか。二人が近くにいるより、一人が潜んで敵の捜索も兼ねた方が効率的でしょう」
「例えそうするとしても、近くには其方がいるべきだ、刹那。万が一魔法で遠くから攻められてみよ、私では対処の仕様がない。護衛者の身近には、万能性に富む者がおるべきであろう」
「うっ……ですが、」
「ですがも何もあるまい。そも、潜む必要性も薄かろう。数で劣る我らが、潜み、敵を見つけ、打って出る訳にもいくまい。木乃香殿の側で迎撃に専念する方がマシだ」
「ぐぅ……」


 これが純粋な戦いであるのならば、剣士である私たちは一対一の戦いを作り出した方が有利なのは確かだ。しかし、今回は護衛である。一対一となって対応の幅を狭めるより、二対二となって適切な相手と戦える状況を作った方が得策であろう。
 それでも刹那は何とか食い下がろうとしてきたので、なるたけ柔らかい言葉を選び、それを制する。


「……何か木乃香殿に個人的な思いがあるとしても、今は伏せておけ、刹那。私たちは仕事をしておるのだぞ」


 私が言えた台詞ではなかろうが、今の刹那も大差はないので、遠慮なく言わせて貰った。


「―――っ、分かりました……では、また後で」


 私が口にした言葉を聞いた瞬間、刹那の顔が悲痛に歪んだのを、私は見逃さなかった。逃げるように去っていく刹那の背を見ながら、私は一つの確信を得た。


『やはり、何らかの負い目があるようだな……』


 昨日立てた私なりの仮説は、どうやら正しかったようだ。後は、その負い目が何であるのかが分かればよいのだが……そう上手くも行くまい。
 そも、こういうことに私は不慣れなのだ、急いては事を仕損じてしまう。
 木乃香殿の為にも、ゆるりと行こう―――そう、この件に決着がつくまで付き合い続ける決意を改めて固めながら、私は部屋に入り、今日の準備を始めるのだった。










 『大堰川』と書かれた橋の側で、僕はアスナさんを待っていた。一緒に関西呪術協会へ向かい、親書を届けるためだ。今まで先延ばしになっていたけど、今日やっと僕の仕事を果たすことができる。
 旅館を出るとき、3−Aの皆が僕と一緒に自由行動をしようと、僕を探していた。悪いとは思ったけど、今日こそ親書を届けないといけないから、裏口を使ってこっそりと抜け出してきた。


 快晴の空と、優しく吹く風。今日は絶好の観光日和になるだろう。生徒達の楽しそうな顔が目に浮かぶようだった。
 待つ間何もしないのは暇なので、改めて地図を開いて本山までの道のりを、カモ君と一緒に確かめる。


「本山の位置、ここからあまり遠くなくてよかったな、兄貴」
「うん。これくらいなら、日が落ちる前に帰ってこれそうだね」


 親書を届けられたとしても、プログラムで決められている帰宅時刻に間に合わなければ、先生として立つ瀬がない。学園長先生直々に任せられたお仕事だから、罰はないと思うけど、他の先生方からはいい目を向けられないだろう。それに生徒の皆にも申し訳ない。


「……それにしてもアスナさん、遅いね」


 肩にかけたカバン―――今日は完全自由行動日なので、今は私服だ―――から携帯電話を取り出し、時間を確認する。今朝取り決めた時間から、もう十分は経過していた。
 一体どうしたんだろう。そう考え、アスナさんに電話をするためにアドレス帳を開いた時だった。


「ネーギ先生」
「え?」


 背後から声をかけられる。振り向いてみると、そこには私服姿のアスナさんが、なぜか申し訳なさそうな顔で立っていた。
 その理由は一目瞭然だった。だって、今声をかけてきた人は、アスナさんじゃなくて、


「わぁー! 皆さん、可愛いお洋服ですねー! ……じゃなくて、何でアスナさん以外の人がいるんですかー!」
「ごめん! パルのやつに見つかっちゃったのよー!」


 僕を呼んだハルナさんを初めとした、五班の皆だったからだ。
 すぐアスナさんからその理由を聞き出したけど、それはなんと言うか、3−Aらしいものだった。ハルナさんの勘の良さと好奇心旺盛なところは長所なんだけど、今日この日だけは、それがちょっとだけ恨めしかった。
 皆の後ろに控えるように立っている小次郎さんも、僕と同じ気持ちなのだろうか。その顔には苦笑いを浮かべていた。


 それと今言ったとおり、皆の格好は僕と同じく、制服から私服に変わっていた。ファッションに疎い僕は、それがどういう服なのかよく分からないけど、何となく皆イメージどおりの格好をしていて、とてもよく似合っていた。
 その中で、刹那さんと小次郎さんだけが制服と着物を着ていて、正直少し浮いていた。加えて二人とも長い竹刀袋―――認識阻害の術がかけられているみたいだ―――を手にしているので、殊更目立っている。小次郎さんに関して言えば、今の格好が私服なのかもしれないが。


「ネギ先生、そんな地図持ってどっか行くんでしょー。私たちも連れてってよ」
「え……五班は自由行動の予定はないんですか?」
「ないです。先ほど佐々木先生が同行を申し出てきたのですが、特別行き先というのはありませんでしたし」
「ネギくん一緒に見て回ろー」
「……小次郎さーん、どうしましょうー……」
「まぁ、どこぞで私たちが隙を作るゆえ、その時にでも抜け出してくれ」


 僕についてくるという、今もっとも困る事を言ってきた五班の皆。話をする振りをして小次郎さんに近づき、助けを求めてみたけど、やっぱりしばらくは一緒にいるしかないという答えが返ってきた。


「兄貴、しかたねぇよ。どっか適当なとこ行って、嬢ちゃんたちをまくとしようぜ」
「それしかないのかなぁ……うぅ、何でこう上手く行かないんだろう」
「よーし、んじゃ、レッツゴー!」


 カモ君に励まされる僕の後ろの方で、ハルナさんが片手を突き上げて、出発の合図をかけていた。


 ようやく親書を渡しに行けると思っていた、修学旅行三日目も、なんだか前途多難な幕開けとなってしまったのだった―――











 後書き
 まだ推薦企業からの結果がこない。ガクブルの毎日が続く。逢千です。
 とうとう修学旅行三日目に突入。今回はその序章的な内容なので、進展といえる進展はありませんでしたが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 強いて言うなら、小次郎にも木乃香と刹那の複雑な仲が少しずつ見えてきているくらいでしょうか。もっと頑張れ小次郎。
 次回からは、ちゃんと話が進んでいきますので、お楽しみに。
 では。


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