「修学旅行特別企画! 『くちびる争奪! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』ー!」


 旅館内の時計が夜の十一時を指したのと時を同じくして、朝倉の熱の入った実況が、3−A各班部屋に設置されてるテレビのスピーカーから聞こえてきた。イベントの開始を今か今かと待ち望み、画面を食い入るように見つめていた非参加者達は、抑えた声で歓声を上げていた。


 テレビ画面は上下三つずつ、計六つに分割され、左上から順に1〜5班それぞれの代表参加者が枕を持って廊下を歩いている姿が映し出されている。そして余った一番右下の画面には、このイベントの名称がテロップとして表示されているという手の込みようだ。断じて一介の学生が、高々数時間で用意できるイベントのクオリティではないが、その信じがたい技術の高さもまた、3−Aたる由縁の一つなのかもしれない。


 そして、画面に映し出されている各班の参加者は、きっちり分かれている画面のように、それぞれ別の面持ちを覗かせていた。


「あうぅ……お姉ちゃーん、正座は嫌ですー……」


「大丈夫だって、僕らにはかえで姉から教わってる秘密の術があるだろ」


「そのかえで姉と当たったらどうするんですかー!」


 1班の代表である鳴滝姉妹は寮で同室の長瀬 楓を自信と不安の根拠にし、


「一位になってしまたらどーしよアルかねー。ネギ坊主とは言えワタシファーストキスアルよー」


「んー」


 2班の代表である古菲と長瀬 楓は、差こそあれどそこそこのやる気を出し、


「那波に村上にピエロめ、逃げやがって……なんで私がこんな事を……」


「つべこべ言わず援護してくださいな! ネギ先生の唇は私が死守します……!」


 3班の代表である長谷川 千雨と雪広 あやかは2班以上に極端なやる気の差を見せ、


「よーし、絶対勝つよぉ!」


「エヘヘー、ネギ君とキスかぁ……んふふ」


 4班の代表である明石 裕奈と佐々木 まき絵は、目指す目標こそ違えど、最も勝利への気迫を放っていた。


「ゆ、ゆ、ゆえ〜……」


「全くウチのクラスはアホばかりなんですから……せっかくのどかが告白した時に、こんなアホなイベントを」


「ゆえゆえ、いいよ〜……これはゲームなんだし」


「いいえ、ダメです。ネギ先生は私の知る中で、最もマトモな部類に入る男性です。のどか、あなたの選択は間違ってないと断言しますよ。


 絶対勝って、のどかにキスさせてあげます。行くですよ!」


「ゆ、ゆえ…………う、うん!」


 そんな、足並みの揃わない代表が目立つ中、5班の代表である宮崎 のどかと綾瀬 夕映は唯一、しっかりと足並みを揃えてゲームに挑んでいた。


 友達の恋を応援するという、涙を誘いそうな友愛を見せる二人だが、高々イベントで十人もの女性のターゲットにされてしまったネギを思えば、素直に感激もできないだろうが。


「やる気ゼロの千雨選手に対してネギ先生への偏愛と執着が周知のいいんちょ、人気ナンバーワンです! 一方バカレンジャーから参戦の菲選手と楓選手も体力的には侮れない相手だ!
 以下、安定感のある運動部二人、未知数の鳴滝姉妹、大穴の図書館組! さぁ、まだトトカルチョ参加は間に合うよー、詳細は私の携帯にお電話を!」


 実況される班の順番は、このドンチャン騒ぎに乗じて、賭け好きな麻帆良学生の気質を利用して行っているトトカルチョの人気の順番だろう。徐々にテンションが高まって、実況と共に腕まで振い始めた朝倉の後ろの方で、黒幕であるカモが賭け金である食券の集計をしていた。


「さぁ、時計が十一時を指しました! ただいまより、ゲームをスタートします!」


 朝倉の開始の合図がかかる。一夜目よりもある意味苛烈な戦いが、幕を開けた。










 ―――朝倉の合図がかかる、十数分前


 一階から始めた見回りも、既に最上階とを三度往復し、今はろびーにある椅子に腰掛けて一息をついていた。


 私なりに気を張って探ってみたが、不審な気配はどこからも感じなかった。魔術的な方面は刹那に任せてあるので、やはり最初の予見通り今夜は何事もなく過ぎるであろう。


 とはいえ、油断は禁物。今まで緩んでいた分、もう一往復だけ見回ろうと決めて腰を上げた。


「あ、小次郎先生……」


 するとその時、階段の方から声が聞こえてきた。声からして生徒のようだが、斯様な時刻に一体誰が部屋を抜け出したのかと、そちらを振り返った。


「む―――」


「あはは……み、見回りですか? えーと、お疲れ様です」


 そこには、小さめの鞄を小脇に抱えた神楽坂殿と刹那がおった。


 はて……私の記憶違いでなければ、3−Aの女子らは自室から退出禁止。そもそも今は就寝時間のはずだが、よもやそれらを忘れておるはずはあるまい。


「斯様な夜更けに部屋を抜け出し、一体どうしたのだ。其方らは新田殿より自室からの退出を禁じられておろう。それとも何か不祥事が起こったのか?」


「あ、その、えーと……」


 私が少々高圧的に問い詰めると、見る間に神楽坂殿が動揺し始めた。その様子から、何かやましい隠し事でもしているのかと考えたが、それにしては動揺に怯えの色が見える。もしやすると、未だにエヴァの一件が尾を引いておるのかも知れぬ。昨日はネギも隣におった故大丈夫だったのであろうが、こうして改めて向かい合ったことで思い出してしまったというのは、ありえる話だ。


 未だに返答に窮している神楽坂殿。そろそろもう一度、柔らかく問うてみるかと口を開こうとしたとき、スッと刹那が一歩前に出て、一礼した。


「勝手に退室してすいません、小次郎さん。どうしてもやっておきたい事がありまして」


「ふむ、聞こうか」


 神楽坂殿に代わり、刹那がその理由を話してくれるようだ。一言相槌を打ち、先を促した。


「小次郎さんの見回りでは、どうしてもカバーしきれない場所がある事に気づいたので、そこの見回りを」


「ほう……それは一体?」


「女子更衣室です。いくら人の少ない夜中とはいえ、もし男性である小次郎さんが中を物色している姿を見られれば、いらぬ噂が立ってしまいます」


 なるほど、言われてみればその通りであった。実際風呂場の見回りは男子側から出入りし、女子側は手付かずの状態だ。そこの穴を埋めてくれるのであれば、助力を頼みたいところではあるが……


「しかしよいのか? 其方らには明日の自由行動があろう。夜更かしをしては差し当たりが出てしまうと思うが……」


「ご心配なく。その辺りはわきまえています。それと、一緒に温泉の方に残って監視をしようかと。神楽坂さんも、進んで手伝ってくれるようですし」


「ふむ……―――何?」


 刹那の勤勉さに感心の頷きをしておると、最後に妙な言い回しをしたことに気づいた。しばし思案し、その真意が分かると、思わず神楽坂殿に視線がいっていた。


「あ、あはは……」


 苦笑いしているところを見るに、どうやら私の考えどおりのようだ。


 ―――なるほど、先のどもりはそういうことであったか。それは確かに、言い出しにくいな。


「クッ……致し方ない。では、女子更衣室の見回りを頼もう。ゆるりとな刹那、神楽坂殿」


「ありがとうございます。さ、神楽坂さん、行きましょう」


「あ、ありがとう、桜咲さん。―――あ、それと小次郎先生。その『神楽坂殿』って呼び方、できれば変えてもらえますか? 何だかむず痒くって」


 私が苦笑いを浮かべて見回りの手伝いを了承すると、刹那が神楽坂殿を促して温泉へと足を向ける。急な流れに着いていけなかったのか、慌てて神楽坂殿が後を追おうとするが、ふと足を止めて振り返ると、そんなことを私に申してきた。


「ふむ、左様か。では……明日菜、でよいかな」


「はい」


「小次郎さん、私からも一つ。先ほどカモさんが書いたと思われる、魔方陣を見つけました。どういうものかは分かりませんでしたが、とりあえず報告だけを」


「うむ、忝い。ではな」


 恐らくカモ殿の方でも、関西の者どもへの対抗策を施してくれたのだろう。そう断じて、改めて二人を見送った。


『ふふっ、しかし……刹那も言うようになってきたな』


 二階への階段を上りながら、先のやり取りを思い出して、おかしみと共に笑みを浮かべた。


 女子更衣室を見回りそのまま温泉で監視をする―――十中八九、これは温泉に入るための口実であろう。言い出したのは神楽坂殿に違いない。生真面目な刹那が時間外に温泉に入ろうとは思い立つまい。


 押しの強い神楽坂殿の申し出を断りきれず、同行してしまった……先の経緯はおおよそ、そんなところであろう。そして、運悪く私に出くわしてしまい、焦って何も言えずにいた神楽坂殿への助け舟として、先の理由を後付したということだ。ご丁寧に、私が許しそうな言い回しで。


 その事実を認識した私の胸中には、何とも言い表せられぬ嬉しさがこみ上げていた。よく分からぬが、これはきっといいことなのであろう。そう思っている内に、二階へと到達した。


「―――!」


 周囲一帯に漂っている不穏な空気を感じたのは、ちょうどその時であった。一瞬にして気持ちが戦のそれに切り替わる。


 素早く辺りに感覚を伸ばし、出所を探る。どうやら大胆にも、発生源は廊下にあるようだ。私の耳に、ドスンボスンという鈍い音が断続的に聞こえてくる。


 先ずは正確な位置を判断しようと、気配を周囲に同化させてから動き出した。足音も殺し、決して私の存在を気取られぬよう注意する。廊下を進んでいる内に、不穏な空気がより明確な形となって感じ取れるようになってきた。


『これは、闘争の空気……? しかし、それにしては―――』


 敵意、というか邪気がまるでない。例えるならばそれは、子供が道端で木の枝を使い戯れに打ち合っているような、そういう印象を受けた。


 絶えず鈍く響いていた音が、はっきりと聞き取れるほどの距離まで近づいた。どうやら、もう一つの階段の前でそれは行われているようだ。


 先ずは様子を伺うべく、廊下の曲がり角からそっと顔を覗かせて、その光景を目の当たりにした。


 そこには―――


「にょほほ〜」


「くっ、やりましたわね古菲さん……!」


「わたしだって、まっけないよー!」


 …………なぜか、枕で殴り合っておる、3−Aの女子らが、おった。


 あまりにも予想外に過ぎる光景のせいで、しばしの間、私は開いた口をふさぐことができずにおったほどだ。


「何をしておるのだ、あの者らは……」


 それも一人二人ではない。見る限り、六人もの3−Aの女子らが集まっており、枕での殴り合いを続けている。その中で長谷川殿と長瀬殿の二人は、観戦を決め込んでおるので、実際に暴れているのは四人であるが、大した違いなどあるまい。


 先に周りの迷惑顧みぬ乱痴気騒ぎを起こし、新田殿からきつい折檻を喰らっておきながら、この所業。さしもの私も、余りに自重を知らぬ行いに眩暈を覚えてしまい、眉間を揉み解してしまった。


「……むっ」


 如何にして理由と目的を問いただしてやろうか考えておると、都合のいいことに長谷川殿がこちらに向かって歩き始めているのが目に入った。覗かせていた顔を引っ込め様、視線を走らせて長谷川殿が私に気づいておらず、かつ他の者が長谷川殿に気づいていないことを確認した私は、息を殺してその機を窺った。


「ったく、つきあってらんねー……―――! こ、こじ―――もがっ!?」


「黙れ。静かにせぬとただでは済まぬぞ」


 角を曲がった長谷川が私の姿を見て大声を上げそうになるが、素早く身を寄せて口を手で覆い悲鳴を覆い殺す。意図的に声色を落とした声と視線で威圧をかけて、言葉が偽りでないことを示すと、案の定長谷川殿は身を硬くして、二度頷くことで了解の意を表した。


「一つ問おう、長谷川殿」


「な、何ですか」


「其方らは何故、あのような殴り合いをしておる。経緯を詳しく説明してほしい」


 単刀直入に私が問うと、長谷川殿は一度角の向こうに視線を投げた後、あの惨状に至った経緯を簡単に説明してくれた。


 そして、説明が終わると、二度目の頭痛に見舞われた。


「こ、小次郎先生?」


 急に顔をしかめて眉間に手をやった私を心配したのか、長谷川殿が案じるような声をかけてきてくれた。


 ……何だ、その理由は。戯れに唇を賭けるなど、現代の女子らはどうかしておるのか? そもこれでは、知らずに賭けの対象にされたネギまでもが哀れではないか。


『これは少々、手厳しい折檻が必要だな―――』


 羽目を外すにもほどがある3−Aの行いを前に、知らず怒気が湧き上がる。女子には手を上げぬことを信条としている私だが、此度だけはそうも言っておれまい。


「……こ、小次郎先生?」


「長谷川殿、情報提供感謝する。礼と言っては何だが、このまま大人しく部屋に戻るのであれば、此度は其方のこと見逃そう」


「え? ま、まぁ、もともとそのつもりですけど……いいんですか?」


「よい。大方其方は巻き込まれた口であろう。しかし次はないぞ、肝に銘じておけ」


「は、はい。それじゃあ、私はこれで」


 私の思わぬ発言を受けて肩透かしを食らったように気の抜けた顔のまま、長谷川殿が自室へと去っていった。対して私は、気配を再び周囲に同化させて、しかし大股で大胆に未だ乱闘を続けておる皆に近づいていった。


「―――! 古!」


「かえ……!? うむっ!」


 真っ先に私の接近に気づいた長瀬殿が古殿に声をかけ、一目散に逃げの一手を打つ。その瞬間一気に間合いを詰め、唐突な状況の変化に呆然となった他の女子らの内、手近にいた二名の襟首を掴もうと手を伸ばす。


「お、お二人とも! お逃げなさい!」


「いいんちょ!?」


 しかし、一足早く私に気づいた雪広殿の声を受けて、反射的に二人が逃げ出そうとするが、近くにいた明石殿だけは捕まえることができた。


「きゃあ! だ、誰だ―――あ」


 私が襟首を掴んだことで、乱れた胸元を押さえながらこちらを見上げた明石殿が、私の顔を見た瞬間に固まった。


「……其方らはよほど、この夜の静寂を壊したいのだな。それほどこの催し事は愉快なのか?」


「―――あ、あはは……」


 私の言葉に、明石殿はただ苦笑いを浮かべるのみ。その様は、狩人の罠にかかった獲物のようであった。


「よろしい。私もこの催し事に参加しよう。ただし……鬼遊びの鬼役としてな。残るは四人……すぐに捕らえて、一階ろびーに雁首を揃えて見せよう」


 明石殿を小脇に抱えなおし、階段を下り始めた私の胸中には、如何にして獲物を追い詰めるかの算段が、着々と練られているのだった。












後書き


 小次郎先生、プッツン。普段おとなしい人がきれると怖いのは、そのギャップからだと思いますが、この人の場合は違うと思う。逢千です。


 今回は前回と違い、結構な量を書くことができたと思いますが、いかがでしょうか。せっちゃんと小次郎の繋がり具合が、ひそかな見所かなと私は思ったり。


 まぁ、内容の割りに話の進行度が前回と変わらないというのは、かなりの問題でしょうが……!


 次回は少々、原作とは違うオリジナル(二次ではありがち?)な展開を予定しているので、ご期待ください。


 感想、意見、批判等々、お待ちしております。


 では。



 感想掲示板へ


 二十八話前編へ


 二十八話後編へ


 戻る