修学旅行二日目は、初日と比べてつつがなく過ぎ去り、既に夜を迎えていた。


 刹那の見立てでは、今日敵が再び襲って来る確率は低いとのことだったが、今のところその通りとなっている。しかし油断は禁物だ。後十分もすれば、先生の仕事を兼ねてもう一度見回りに赴いた方がよかろう。


 それまでは、この旅館の風情を堪能しようと、明りを落として窓の近くに椅子を置き、腰掛けて茶を片手に夜空を見上げた。


 今夜は空気が澄んでいるのか、月の形がよく見て取れる。窓を開け放てば、風にのって微かに虫の声が聞こえる。心地よい春の息づかいを感じながら、鮮烈な月明りをぼんやりと見上げて、茶を一口啜った。


 情緒溢れる和の典型例とでも言うべき空間。いつまでもこうしていたいという欲求が、私の中に現れ始めていた。


 ―――の、だが。


「ギャアァァァァッ!」


「そいつは祝杯あげなきゃねー! カンパーイ!!」


「じゃ次はHな話行くよー!」


 情緒をものの見事にぶち壊してくれる、騒音と呼んで差し支えない生徒の叫び―――十中八九3―Aであろう―――のせいで、その欲求は急速に萎れていった。


「……かように素晴らしい夜くらい、静かにできぬものか」


 珍しく本気の呆れによる溜め息をこぼしながら、残っていた茶を一息に呷る。流石に勘弁ならんと、憤りを胸に部屋を出た。


「おや、小次郎先生。もしや、貴方も生徒に注意を?」


 部屋を出ると、ちょうど新田殿と出くわした。


 見れば後ろには源殿と瀬流彦もおり、言葉から察するに総出で注意に当たりに行く途中だったのだろう。


「左様。いかんせんこれは、容認する訳にはいかぬ故」


「全くですな……では、分担して注意しにいきましょう。各自の部屋からの退出禁止と、破ったらロビーで正座させるという事も伝えてください」


「承知」


 四人揃って階段を降り、大まかに部屋の分担を決める。やはり発生源は3―Aであった。一つ上の階層から判別がつくこの女子らに、改めて呆れの溜め息が漏れる。


 他の先生方が扉を開け、中にいる3―Aに注意を言い渡す。特に激しいのはやはり新田殿だ。廊下はおろかこの階層全体に響きそうな怒号が轟く。


 私も目の前にある扉を開け放ち、一応断りを入れてから、部屋の中へと踏み入った。


「あや、小次郎さんやん。どーしたん?」


 どういう奇遇か、そこは木乃香殿の班部屋であった。


 見れば、綾瀬殿、早乙女殿、宮崎殿、木乃香殿の四人が輪になって寄り添っており、皆の手には缶じゅーすがある。表情も嬉しげで、何か祝い事をしておったのであろうか。


 何はともあれ、先ずは先生としての仕事を済まさねばなるまい。


「どうした、ではない。旅行で浮かれる気持ちは十分に分るが、其方ら少々喧しいぞ。折角の雅な夜が台無しではないか」


「あぅ……ごめんなさい」


 表情を引き締め、威圧的に言葉を放つ。真っ先にしゅんとなった宮崎殿を筆頭に、皆の空気が押し黙るのを感じた。


「それでなくとも、他の客に迷惑であろう。残念だが其方ら、夜明けまでこの部屋から退出禁止だ。もしこれを破れば、一階ろびーで正座の罰があるぞ」


「えぇー!?」


「はしゃぎすぎたですか……不覚です」


「ごめんなさーい……小次郎さん」


「うむ、素直で結構。
 ……時に、何か目出度いことでもあったのか? 先の様子から、祝いの席であったと見受けたのだが」


 皆からの謝罪の言葉受けた後、硬い表情を一変させていつものものに戻し、朗らかに問いかけた。


 その変化を真っ先に感じ取り、私の問いに答えてくれたのは、早乙女殿であった。


「そう、そうなんですよ小次郎先生、聞いてください! 何とこののどかが、今日ネギ先生に告白したんですよ!」


「ぱ、パルー……あんまり言わないでよー」


「ほう。宮崎殿が、ネギに告白を」


 思いもよらぬ吉事の報告を受けて、つい身を乗り出してしまう。なるほど、それならば先の騒ぎ具合も納得がいく。友の恋が進展したというのは、これ以上ない祝い事であろう。


 ……そういえば、夕方ごろからネギの様子が変であったが、もしやこれが原因であろうか。


「それは確かに目出度いな。それで、返事の方はどうなったのだ?」


「それがなぁ、返事聞く前に帰ってきてもうたんよ。だから、今は返事待ちや」


「なるほど……色よい返事が返ってくるのを、ささやかながら願っておるぞ、宮崎殿」


「はぅ〜……あ、ありがとうございますぅ」


「うむ。それと、刹那と神楽坂殿にも、先の話は伝えておいてくれ」


 若人の恋を止めることほど、無粋なことはない。騒ぐなら適度に頼む、と最後に一言残し、部屋を後にした。


 外に出れば、他の先生方は既に注意を終えていたようで、三人で固まって談笑を交わしていた。私もそこに向かい、輪に加わる。


「あら、終わりましたか、小次郎先生」


「うむ。申し訳ない、少々時間をかけてしまった」


「構いませんよ。全く、昨日は珍しく静かだと思っていたら……」


「まぁまぁ、新田先生。あまり怒らずに。流石に彼女たちも反省したでしょうし」


「私はそうは思わぬが……何しろ3−Aの女子らだ」


「その通りです。小次郎先生、分かっていますな」


「これは恐縮。では私はこのまま、旅館内の見回りに行くので、これにて」


「分りました、お願いします」


 話もそこそこに切り上げると、三人に見送られて、見回りのために一階へと下りる。もちろんこの見回りは、西の者が忍び込んでおらぬかを調べることも兼ねている。


 流石に注意されて直ぐでは、3−Aの女子らも大人しくなるようだ。静かになった旅館の中を、私はゆっくりと歩いていった。










 ……小次郎たちが3−Aに注意をしてから三十分。嵐山旅館には、日本の夜に相応しい静けさが漂っていた。廊下を歩けば微かに聞こえてくる、部屋の中からの話し声は、そこに適度な趣きを添えている。


 麻帆良の生徒の多くは、それぞれの部屋で思い思いの夜を、友人と共に楽しく過ごしているのだろう。


 騒がせ所である3−Aを退室禁止にしたから、今夜はもう何も起こらない―――引率の先生の多くは、そう考えていた。実際、目に余るようなドンチャン騒ぎは成りを潜めている。


 しかし、その水面下で着々と、先のドンチャン騒ぎを超えるような計画が、3−Aの間で進められていた。


 その発端は、朝倉 和美からクラス全員に送られてきた、一通のメールだった。


『ハロー、みんな大人しくしてる? 流石に怒られて直ぐだから大人しくしてると思うけど、退屈はしてるよね。このまま夜が終わるのも、勿体ないと思わない?
 そこで、一丁3−Aで派手にゲームをして遊ぼうじゃない!(いいんちょとネギ君のマネージャーの許可はとってるよ)
 ゲームの名前は、名づけて「くちびる争奪戦! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦!」。簡単なルールは、下に一覧で書いておくからよく読んでね。
・各班から二人ずつ選手を選び、先生方の監視をかいくぐってネギ先生の唇をゲットすれば勝ち
・妨害は可能。ただし両手の枕に限る
・上位入賞者には豪華景品をプレゼント!
・なお、先生方に見つかった者への救済はない。死して屍拾うものなし
 参加希望する班は、十時半までに参加する班員の名前と班番号を書いたメールを、私まで返信よろしく!』


 そこまで長いわけではない文面。しかし、今夜は収まりかけていた3−Aのはた迷惑なエネルギーを起爆させるには、十分な威力を持っていた。


 それが証拠に、朝倉がこのメールを送信した十分後には、全ての班から参加者が集まったのだから。


 ―――この計画が本当は、朝倉と手を組んだカモが企てた『パクティオーカード大量ゲット大作戦』であるとも知らずに。いや、例え知っていたとしても、彼女たちの取る行動は変わりはしなかっただろう。


 兎にも角にも、一日目から激動を極めたこの修学旅行。二日目もまた、静かな夜は訪れそうもなかった……












 後書き


 一ヶ月以上待たせておきながら、この少ない文量。こいつは切腹ものだ。逢千です。


 何だか最近、気持ちが振わない。やる気が出ないのは一番こまる。早く先に進みたいという気持ちはあるから、何とももどかしい。


 まぁ、無理をして書かなくなるよりはいいかな―――と自己弁護もそこそこにしておきましょう。多分画面の向こうから石を投げられるから!


 今回はほとんど話の進展もありませんでしたが、次回を楽しみにさせるだけの内容はあると信じたい。


 もちろん、原作にはないオリジナルな展開も予定しています。ご期待下さい。けど早期の更新は期待しないでもらえるとありがたい……!(ダメ作者)


 感想等々、お待ちしています。


 では。





 感想掲示板へ


 二十七話へ


 二十八話中編へ


 戻る