「えぇっ! 私たち3−Aが変な関西の魔法団体に狙われてる!?」


 音羽の滝の事件で酔っちゃった皆をそれぞれの部屋に運んだ後、ホテル嵐山―――ホテルって名前だけど実際は和風の旅館だ―――のロビーで、新幹線のカエル事件も含めた騒動が魔法がらみだということをネギから説明された私の驚きの声が響いた。


 ネギが言うには、関西と関東の魔法使いは仲が悪いらしい。それで、ネギがその不仲を解消するための関東からの親書を預かっているんだけど、関西の人たちはそれが嫌みたいで、親書を届けさせないための妨害をしていた。それが新幹線のカエルと音羽の滝のお酒らしいんだけど……


「何か、魔法使いっぽくないわね。地味だし、陰険だし」


「ぼ、僕に言われても……」


 話を聞いた私の正直な感想を口にすると、ネギが困ったような顔で頭をかいた。


「けど、また魔法の厄介ごとかぁ……」


 例え魔法使いらしくなくても、騒動に魔法が関わっているのに変わりはない。いつからこういう話題を普通に話せるようになっちゃったのかと、自分に溜め息を吐きながら、ごく最近にその発端があったことを思い出した。


 エヴァちゃんとの戦い。最初は私を半ば無理やりに巻き込んでおいて、いざ戦いとなれば勝手に一人で戦いに行ったネギを、私は自分の意思で追いかけて、自分から戦いに首を突っ込んだ。しかもその時、私はネギと仮契約というものを交わして、戦いのパートナーにまでなった。


 もちろん、元々魔法なんて面倒に巻き込まれるのはごめんだったし、ガキは嫌いだった。だけど、ネギは何だか放っとくと危なっかしくて見てられない。一度そう考えると気が気でなくなって、真祖の吸血鬼なんていう、ゲームではラスボスクラスの存在と戦ってしまった。


 ……今でも何でそんな事をしたのか、よくわからない。何となくムカついたから、が理由だと思うけど、何でそんな事を思ったのかは分らなかった。


 何にせよ、放っておけなかったのは事実。だから、


「ふふ、どうせまた助けてほしいとか言うんでしょ。いいよ、少しなら手伝ってあげる」


 今もまた、自分から進んで魔法の厄介ごとに首を突っ込もうとしていた。


「え、本当ですか!? ありがとうございます、アスナさん」


「そら助かるぜ、姐さん。そうだ、兄貴のクラスの桜咲 刹那と佐々木 小次郎が敵のスパイかも知れねぇんだが、姐さん、何か知らねぇか?」


「えぇっ!? 桜咲さんと小次郎先生が?」


 協力すると言った途端、カモがそんな唐突な質問をしてきた。


 あの二人が関西のスパイ……小次郎先生はともかく、桜咲さんがそうだと言うのは、何だか変な感じがあった。


 ―――あれ、でもそういえば……


「……確か、このかの昔馴染みだって聞いたことあるけど―――あの二人が喋ってるところ、見たことないわね」


「このか姉さんの昔馴染み……待てよ、って事は桜咲 刹那は、京都出身なんじゃねぇのか?」


 確かに、このかの生まれは京都みたいだから、その昔馴染みなら同じ京都出身なのが普通だと思う。


 その後押しは、急に鞄をあさり始めたネギがしてくれた。


「えっと、確か……あぁ! み、見てください! 刹那さんの名簿のところに、京都って書いてますよ!?」


「マジかよ! やっぱり奴は京都出身で間違いねぇな。そして、奴が関西呪術協会の刺客だ!」


 カカッ、と稲妻のような気迫を背負ってカモが断言した。その根拠がどこから来るか知りたいものだわ。私はどうしても、桜咲さんがそうだとは思えないし。


「うーん……そうかなぁ? けどカモ、仮に桜咲さんがそうだとしたら、小次郎先生はどうなのよ。あの人はほら、エヴァちゃんとも関係あるみたいだし」


「似たような得物持ってるしよ、師弟関係とかだと思うぜ、オレっちは。エヴァンジェリンとの繋がりは、今は置いとこうぜ」


「だからセットで刺客ってわけね……まぁ、あの二人が師弟関係っていうのは、否定できないわね」


 何しろ実際、桜咲さんは小次郎先生の家に行って稽古をつけてもらっているらしい。ウチのクラスの人も何人か、小次郎先生の家に向かう桜咲さんを目撃している。まだ本人に確認はしていないけど、いずれクラスの誰かが問いただす日は近いだろう。何しろ3−Aだし。


「―――けどさ、カモ。やっぱりあの二人は刺客じゃないと思うんだけど。だってほら、音羽の滝では助けてくれたじゃない」


「ぁ……そ、そうでしたね」


 どうしても納得が行かない私は、二人が刺客じゃないと思う理由を挙げてみた。ネギはその事にも気づいてなかったのか、私の言葉を聞いてそう頷いていた。


 仮にカモの言うとおり、桜咲さんと小次郎先生が関西の刺客だって言うのなら、音羽の滝のお酒事件はあの二人が仕掛けたことになる。そして私たちは見事にその被害を受けた。下手をすれば修学旅行中止もありえたはずだ。


 けど、あの二人は私たちを助けてくれた。酔った皆をバスまで運んでくれて、小次郎先生は他の先生へ言い訳もしてくれた。


 罠を仕掛けた本人が、ここまで私たちを庇ってくれるとは、私にはどうしても思えなかった。


「それは、オレッチたちを油断させる罠かも知れないぜ。とにかく、現状あの二人が一番怪しいんだ、姐さんも気をつけてくれよ」


 けど、カモは頑なに疑う姿勢を崩そうとはしない。何でそこまでと思ったけど、カモにはカモなりの考えがあるのかもしれない。そう考えた私は、分ったわ、と表向きの返事をしておいた。


「ネギ先生、教員は早めにお風呂を済ませてくださいねー」


 丁度その時、ネギの背後からしずな先生がそう言葉をかけてきた。言葉どおりしずな先生はもうお風呂に入ってきたのか左手にタオルを持っていて、髪はまだ生乾き、浴衣の襟元から見える肌はほんのりと上気していた。


「ふふ、ネギよ。ここの風呂は中々にいい場所だ。ゆっくりと堪能するために、早めに行くことを勧めるぞ」


 そしてしずな先生の隣りには、さっきまで話の中心にいた小次郎先生が並んでいた。小次郎先生もお風呂から上がってきたんだろう、状態はしずな先生とほとんど変わらない。ただ一つ、髪の毛がポニーテールじゃなくて普通に下ろされてるところが、普段と違っていた。


 何と言うか……本当に女の人みたい。口にしたら本人から何を言われるか分らないから、私は心の中で今の小次郎先生への偽らざる感想を呟いた。


「あ、は、はい、しずな先生」


「クク、相変わらず生徒と仲が良いな、ネギ。羨ましい限りだ。
 ―――しかし、まこといい湯でしたな、源殿」


「そうですね、プライベートでも来たいくらいです。今日は小次郎先生とご一緒で少し緊張してしまいましたから、次は一人でゆっくりと浸かりたいですね」


「おや、言って下されば、直ぐに退散したものを」


「とても気持ち良さそうにしていましたから、それも悪いかと思いまして」


 私たちの目の前で、和気藹々とした感じで話をしている小次郎先生としずな先生。その光景は、美男美女同士お似合いかなと思わなくもなかったけど、どうしても聞き逃せない単語があって、私は思わず二人の会話に割って入った。


「あのー……失礼ですが、今の話を聞いてると、二人が一緒にお風呂に入っていたように聞こえたんですが」


「それはそうだろう、一緒に入ったのだからな」


「ええぇっ!?」


 恐る恐るといった感じに聞いた私の質問に、小次郎先生はそれが当然のように答えていた。それを聞いたネギが、私よりも早く驚きの声を上げた。当たり前よ、私だって今すぐ叫んでやりたい。先生であるあんたが何してるのよ、って。


「何を驚く。ここの風呂は混浴だぞ、男女が共に入るのは当然ではないか」


「正確に言うと、先に小次郎さんが入っていたところへ、私が知らずにお邪魔したんですけどね」


「は、はあ……」


 けど、逆にこっちの正気を疑うような言葉で断言されて、私たちはそれ以上の追求の言葉を失っていた。しずな先生もしずな先生で、フォローなのかよく分らない言葉を言った後、あまり言いふらさないで下さいね、と私たちに口止めをしてきた。それがなお更、二人の間に妖しさを感じさせる。


「それではネギ先生、小次郎先生。私は自室に戻りますので」


「承知した。では、私も一度戻るとしましょう。あぁ、神楽坂殿たちももうじき風呂であろう、準備をしておくといい」


「あ、はい……ありがとうございます」


 二人はそんな事を言い残し、何とも言えない空気を置き去りにして、それぞれの部屋に戻っていった。ネギと二人、少しの間呆然と、その背中を見送っていた。


「…………えーと、と、とりあえず、話の続きは夜の自由時間に聞くからさ。ネギは早くお風呂入ってきたら?」


「そ、そうですね……そうします」


 とても話を再開する雰囲気でもなかったので、私はネギにそう提案して、私もお風呂に入る準備をするために、部屋に戻っていった。


 ちなみに、髪を下ろした小次郎先生の後姿は、さっきよりも女性らしく見えてしまった。女として、何か悔しい。


「フッフッフ、食らいなさい夕映! 場にいる全ての魔法使いを葬り去る『天の怒り』!」


「甘いですよパル、私の魔力が尽きていてもそれは慢心に過ぎるです―――魔力の代わりに手札一枚と生命力二を支払い、『思考の力』発動。天の怒りを無効化します」


「うあっちゃー、あったかー」


 私が班長を勤める五班の部屋に戻ると、このかと夕映ちゃんとパルが畳の上にカードを広げて遊んでいた。特に夕映ちゃんとパルが熱く戦いを繰り広げている。新幹線の中でもやっていた、魔法使いを題材にしたカードゲームだ。のどかちゃんは三人から少しはなれたところから、みんな頑張ってくださいー、と声援を送っている。


「……いいわねあんたたち、平和で」


「あ、アスナ、お帰りー」


 ついさっきまで、関東だの関西だの魔法使いだの、普通の女子中学生には縁遠い話をしていた私は、全力で修学旅行を満喫しているみんなの姿を見て脱力してしまった。


「ほら、次は木乃香のターンだよ」


「はいはーい。それじゃ、ウチの全部の魔力を使つこて、『大爆発』」


「な!? 全てのプレイヤーと魔法使いに、払った魔力分のダメージを与えるカード……!」


「序盤からの生命力回復はこのために―――!?」


「はい、ウチだけ生命力残って、勝ちー」


 えへへー、と夕映ちゃんとパルに向かって勝利のVサインをするこのか。負けた二人が、残っていた手札をポロリと取り落としてうなだれる。勝負中の言動といい、夕映ちゃんもパルも、どこぞのカードゲーム漫画の影響を受けたのかしら?


 どうやら、今の勝負にはお菓子を賭けていたみたいで、このかは二人から勝ち取ったお菓子を私にも分けてくれた。


「あれ? そういえば、桜咲さんは?」


 座布団の上に腰を下ろしてお菓子を口にしたところで、班員が一人足りないことに私は気づいた。それが現状、カモから関西のスパイだと疑われている桜咲さんだったので、思わず私はどこに行ったかを聞いていた。


「桜咲さんなら、ちょっと前にお風呂入りに行ったわよ」


「あ、そう。……んー、このか。私たちもお風呂入りに行かない? 小次郎先生としずな先生が、いいお湯だったって言ってたわよ」


「あや、ホンマに? よし、行こかアスナー」


 生徒入浴には少し早い時間だけど、それも十分くらいの差だから問題ないだろうと思った私は、一人で入浴するのも寂しいので、このかを誘って洗面用具片手に部屋を出た。


 何となくだけど、お風呂とかには煩そうな小次郎先生が絶賛した温泉を楽しみにしながら、それについてこのかとおしゃべりを交わしていると、あっという間に女湯の入り口に着いた。中からかすかに香ってくる、お湯の匂いが私の期待を膨らませる。


「……ん? なぁアスナ、今中から、なんやゴッツイ音聞こえへんかった?」


「え、そう?」


 温泉のことに気を取られていたからか、このかが聞いたという音は私にはよく聞こえなかった。


「気のせいでしょ、気にしない気にしない! さ、早く入りましょ、このか」


「んー……気のせいちゃうと思うんやけどなぁ……」


 最後まで首を傾げていたこのかの背中を押して、少し弾んだ気持ちのまま、私は暖簾を潜って更衣室に入っていったんだけど―――










 風呂で火照った身体を割り当てられた部屋で十分に冷ますと、私は旅館内を散策しようと部屋を出ることにした。軽い心持ちで懐手をしながら、当て所なく旅館の中を歩いていく。


 途中、すれ違う生徒たちから「やっぱり小次郎先生は着物ですよね」と声をかけられた。私としてもスーツは嫌いではないが、やはり着物の方が着ていて落ち着くので、そう言ってもらえると嬉しいところがある。ただ中には「髪の毛の手入れの秘密教えてくださいっ」と鬼気迫る表情で迫ってきた生徒もおって、対応に四苦八苦してしまった。


 一階の広間は、意外にも閑散としていた。就寝時刻が近いというのもあろうが、やはり麻帆良の騒がせどころである、3−Aの生徒の半数が酒で落ちてしまったのが原因であろう。微かに聞こえる程度の音量で流れている西洋の音楽が、物悲しさを漂わせていた。


 ―――それ故に、脚立に乗って何かの作業をしている刹那は、殊更に目立っておった。と言うよりも、旅館の浴衣に夕凪を差している時点で、十分に目立つのだが。


「何をしておるのだ、刹那」


 声をかけながら近づく。すると、振り返って私を見た刹那の目が、戦場に立っている時のものと近しい目になっていることに気づいた。


「……先程、露天風呂で西の術師による襲撃を受けました」


 脚立をたたみながら刹那が口にした言葉を聞いて、背筋を薄ら寒いものが駆け抜けた。


「何と。それで、どうなったのだ」


「幸い、使われた式神が低級な物でしたので、私が全て切り伏せる事で事なきを得ましたが―――」


 氷を思わせるような冷たい声でそこまで言うと、刹那はジロリと、不機嫌さを隠そうともしない目で私を睨みつけ、


「……小次郎さん、少し緩みすぎではないですか? 私たちは、ただ修学旅行に来たのではないのですよ」


「―――それはまこと、弁解の仕様もない」


 新幹線から続く私の失態を、手厳しく叱咤してきた。


「小次郎さんが魔法を察知できないと言うのは重々承知です。しかし、小次郎さんを見ているとどうも、緊張感が足りないように思えるのですが」


「うむ……刹那の言うとおりだ。些か、四百年ぶりの京都に浮かれすぎていたようだな……情けないことだ」


 如何に京都が、この私が『懐かしい』と思える土地であるとはいえ、今はれっきとした使命を持ってこの地に来ている。それを半ば無視し、個人的な感情に走っていた私は、同じ使命を持つ刹那からしてみればさぞ不快に映っていたことだろう。


 刹那の叱咤を深く受け止めた後、本当に済まなかったと、頭を下げて非礼を詫びる。本当にお願いしますよ、と再度釘を刺されたが、刹那もそれで気が済んだようで、新たに脚立を立てながら話の方向を変えてきてくれた。


「四百年ぶり……生きていた頃にも、来たことがあるのですか?」


「うむ、何度かな。しかし、四百年の時を超えてなお、見知ったものが残っているというのは、やはり嬉しいものだ」


「―――そうですか」


 今日一日を通して得た私の感想に、刹那はそれが急ぎのものであるのか、相槌を打ちながら作業に取り掛かっていた。見れば、左手に呪符の束を持っており、多少背伸びをしながら右手で一枚一枚壁に貼り付けている。宿の者から許可は取っているのであろうか。


「それは何をしておるのだ?」


「式神返しの結界です。これで、式だけを旅館内に飛ばしてくる、という事はできなくなります」


「ほう」


 私の何気ない問いに答えながらも、刹那は作業の手を止めず、また新しい呪符を貼り付けていくのだが……


「―――んっ、くぅ……!」


 呪符を張りたい場所に、一杯一杯背伸びをしても手が届かないのだろう。プルプルと小刻みに体を震わせながら、脚立の上に爪先立ちで片手を一生懸命に伸ばしている姿は、歳相応の可愛らしさを十分に振りまいていた。


「―――フッ、クク……手伝おうか?」


「結構ですっ!」


「左様か。ク、ククク……」


 思わず笑みを浮かべてそう申し出てきた私に、刹那は顔を赤くしながら怒鳴ってきたのだが、その仕草も私にしてみればまた愛らしく、『緊張感を持て』と言われた矢先であるのに、私は笑みを抑えることができなかった。 


 何とか呪符を貼り付けた刹那が、脚立をたたみながらこちらを睨んでくる。重ね重ね済まぬ、と謝りつつも、やはり私の顔から笑みは消えなかった。全く懲りない私に辟易したのか、ぶつぶつと文句らしき言葉を刹那が呟いていると、ふと何かを思い出したのか、真剣な表情でこちらに振り返ると、


「そういえば、どうもネギ先生は私たちが西のスパイだと勘ぐっているようです」


「……“すぱい”?」


「……内通者のことです」


「なるほど。ふむ、私たちが内通者……経緯はどうあれ、これは誤解を解いておいた方がいいかも知れぬな」


 この勘違いを放置していては、ネギが本来向けるべき相手への注意が疎かになってしまいかねぬ。それが元で新書を奪われてしまっては目も当てられぬ上、ネギを助けるべき立場である私たちがその原因とあっては学園長殿に会わせる顔がない。


 刹那も同じ考えを持ったのか、そうですねと賛同してくれた。


「あ、いた―――あ、あのー、刹那さんに小次郎さん。少し、お話いいですか?」


 噂をすれば何とやら。神楽坂殿と白長鼬を引き連れたネギが、おずおずと私たちに声をかけてきたのも、丁度その時であった。










 露天風呂で起きた一件について聞くために刹那さんを探し始めて五分。一階の広間で小次郎さんと話している姿を、階段を下りている途中で見つけることができた。


 その一件というのは、二十分ほど前、僕が始めての露天風呂を満喫している時に起きていた。


 自然に流れる風を感じながらお湯に浸かるという、いつものお風呂では味わえない感覚に、お風呂が嫌いな僕も『刹那さんと小次郎さん西のスパイ疑惑』を少しの間だけ忘れていると、脱衣所の方から戸が開かれる音が聞こえてきた。教員の入浴時間も終わりが近いから、誰かが急いで入ってきたのかと思いながら振り返ると、予想外の光景が僕の目に飛び込んできた。


 そこにいたのは、教員でもなければ男性でもなく、ちょうど『敵じゃないか』と話し合っていた人―――刹那さんだった。


 エヴァンジェリンさんと同じ、抜けるような白い肌の上を、手桶からかけられた温泉のお湯が伝う。身長が低い見た目どおり、腕も足も細い華奢な体格だけど、均整の取れた体つきは、話に聞いた大和撫子という言葉がピッタリだった。


 その綺麗さから思わず見とれてしまったけど、敵かもしれない人、それも魔法使いである僕の天敵である剣士とこんなところではち合うわけには行かない。そう思って、カモ君と一緒に気づかれないよう逃げ出そうとしたけど、結局は見つかってしまった。


 ―――んだけど、その後で……その、色々あって、刹那さんは自分が僕の味方だと主張してきた。それがどういう意味なのかを尋ねようとすると、今度は脱衣所から女性の悲鳴が聞こえてきた。


 この声はこのかさん……!? そう思った僕よりも早く、刹那さんは一目散に脱衣所に向かって駆けて行った。


 そして、脱衣所の中では……―――うん、また色々あって、何匹ものお猿さんにさらわれかけたこのかさんを、刹那さんが救ったのだった。


 お風呂から上がった後、一番にスパイ疑惑を主張したカモ君も刹那さんが敵じゃないと感じたのか、直接話を聞いてみようということで刹那さんを探していたのだ。小次郎さんについては確証はないけど、刹那さんがそうなら小次郎さんもそうだろうというアスナさんの意見で、刹那さんとの話が終わった後に探す予定だった。


「あ、あのー、刹那さんに小次郎さん。少し、お話いいですか?」


「おぉ、ネギか。うむ、構わぬぞ」


「はい、私も構いません」


 二つ返事を返してくれた二人。そしてその後に続いた小次郎さんの「立ち話もなんだろう」という言葉に従って、僕とアスナさんとカモ君、小次郎さんと刹那さんという風に別れて、ソファーに腰を下ろし話をする事になった。


 アスナさんが飲み物を買ってきて、僕の分を手渡してくれたところで、話を切り出した。


「あの……お二人は今、何をしていたんですか?」


「式神返しの結界を張っていました。先程のような事がまた起きないとも限らないので」


「私はそれを側で見ておっただけだ」


「結界……ってぇと、剣士の姐さんは魔法も使えんのか?」


「えぇ、剣術の補助程度ですが―――あ、神楽坂さんには話しても?」


「もう思いっきり巻き込まれてるわよ」


 僕の隣りで、アスナさんが苦笑いしながらそう返すと、小さく「そーか、桜咲さんもオコジョが喋っても驚かない世界の人なんだ……」と呟いているのが聞こえた。一体どうしたんだろう。


「ところでよ、お二人さん。単刀直入に聞きてぇ事があるんだが……」


「―――私たちが、西の“すぱい”ではないか、ということか?」


 僕が二人にどうやって『敵か味方か』という質問を聞こうか悩んでいると、僕の頭の上からソファーに降りたカモ君が躊躇いなく口を開いた。けど機先を制した小次郎さんが、その言葉を先に言ってしまった。もしかして、露天風呂の一件を刹那さんからすでに聞いていて、僕たちがこういう質問をしてくるとあらかじめ予想していたんだろうか。


「安心せよ、私たちは其方らの味方だ。学園長殿から、ネギが親書を届ける仕事を影ながら手助けしてくれと命じられ、ここにおる」


 何なら今確認してもらっても良いぞ、と締めくくり、小次郎さんはあっさりと自分の立場を明かしてくれた。隣に座っている刹那さんも特に反論しないので、それで間違いないんだろう。アスナさんは買って来た飲み物を飲みながら、やっぱりね、と頷いていた。


「そうだったのか……いや、すまねぇ刹那の姉さんに小次郎の旦那! オレっちとした事が目一杯疑っちまった!」


「ぼ、僕もごめんなさい……」


 僕もカモ君も、二人を疑ってしまっていた事に罪悪感を感じて、しきりに頭を下げて謝った。


「何、気にすることはない。こちらこそ済まなかったな、敵の妨害を止めてやれなかった」


「いえ、そんな……あ、あの。もし良ければ、僕の親書を狙ってくる敵について、教えてくれませんか?」


 何故か逆に謝ってきた小次郎さんに恐縮しながら、新幹線から何回も新書を奪おうとしてきた敵についての情報を、僕は求めた。


 僕たちは、新書を奪おうとしている敵―――恐らく関西呪術協会だろう―――について何も知らない。その敵はきっと今後も、今日のように新書を奪おうと色々な妨害を行ってくるはずだ。その時に、敵の事を何も知らなかったら、いずれ親書を奪われてしまうかもしれない。けれどあらかじめその敵の情報を知っていれば、対策を立てる事もできる。


「……生憎だが、私は敵が関西呪術協会であることしか知らぬのだ。私が言われたのは、ただネギの手助けであるからな。刹那は何か知らぬか?」


「そうですね―――仰るとおり、敵は関西呪術協会の者だと思われますが、それも協会の中の一部勢力の事ですので、決して協会全体が敵になっている訳ではありません。それは先ず心得て置いてください。


 私たちの敵は、陰陽道の『呪符使い』と呼ばれる者たちです」


 僕と同じ程度の事しか分らないと言った小次郎さんに代わり、刹那さんが詳しい説明をしてくれた。


 ―――呪符使いとは、日本の魔法である『陰陽道』を基本とした魔法使いの事で、呪文を唱えている間無防備になるのは、僕たち西洋魔術師と変わりがないようだ。けど、僕たちの魔法使いの従者ミニステル・マギに該当する存在、善鬼と護鬼を自ら召喚して、その隙をカバーするらしい。つまり西洋魔術師とは違い、完全な単独で魔法使いとして戦える人たちだと言うことだろう。


 更にその善鬼と護鬼とは別に、刹那さんも所属している『京都神鳴流』という戦闘集団が関西呪術協会と関係が強く、今の平和な時代ではそうないらしいけど、神鳴流が護衛につく事もあるみたいだ。


「あれ? 小次郎先生は、その神鳴流ってのに所属してないの? てっきり、刹那さんとは師弟関係だと思ってたんだけど」


「私の剣は我流だ、刹那の神鳴流のような由緒正しいものではない。師弟関係というのは、あながち間違いではないがな」


 途中、アスナさんが小次郎さんに対してそんな質問をしていた。そうなると、小次郎さんと刹那さんはどうやって知り合ったのかが少し気になったけど、僕は僕で気になる事があったので、そっちを質問する事にする。


「あの、刹那さん。神鳴流が関西と強い繋がりがあるって事は、神鳴流は今回僕たちの敵なんじゃないんですか?」


「―――その通りです先生。本来神鳴流に属する私が関東に組している事は、西の者からすれば裏切り以外の何物でもありません。ですが、私の望みは木乃香お嬢様を守る事。お嬢様が東に行ってしまった以上、これは仕方ない事なんです」


 僅かに顔を俯かせながらも、刹那さんは言葉の通り、少しも後悔していない顔で僕の質問に答えてくれた。そして、


「……私は、木乃香お嬢様をお守りできれば、それで満足なんです」


 少しはにかみながら口にされたその言葉には、むしろ東についた事を誇りに思っているような、そんな気持ちさえ窺う事ができた。それだけで、刹那さんがどれだけこのかさんの事を想っているのかが僕にも良く分かった。


「―――いよーし、分ったよ桜咲さん! あんたがこのかのこと嫌ってないって分っただけで十分! 友達の友達は友達だからね、私も協力するわよ!」


「えっ? わ……」


 アスナさんもその気持ちを感じ取ったのか、力強く立ち上がって刹那さんの横まで行くと、応援するようにバシバシと背中を叩いた。突然の行動に刹那さんも驚いているみたいだけど、悪い気はしていないのか、アスナさんにされるがままになっている。僕としても、刹那さんを応援したい気持ちが話を聞いている途中から湧き上がってきていたので、アスナさんに続くように立ち上がると、


「よし、それじゃあ決まりですね! 3−A防衛隊ガーディアンエンジェルス結成ですよ! 関西呪術協会からクラスの皆を守りましょう!」


「えー、何その名前……ちょっと恥ずかしいわ」


「ネギ先生……」


 アスナさんと刹那さんの手を取って重ねて、僕の手もその上におきながら、皆で関西呪術協会と戦おうと宣言した。


「ほら、小次郎さんも、早く!」


「―――ふぅ……まぁ、生徒に実害が出た以上、密かに、とは言っていられぬか」


 致し方あるまい、と呟きながら小次郎さんが立ち上がると、僕の手の上にその手を重ねてくれた。


 頼もしい仲間が二人も増えた僕の心からは、関西呪術協会への恐れが消えてなくなっていた。












 後書き


 何だこれは、厨二に劣る……! 完全に不調から脱し切れていない逢千です。


 それでもまぁ、色々とネタを仕込む事は出来たと思う二十四話、いかがだったでしょうか。


 小次郎の時代の違いと言うファクターは、ホント使えるときはとことん使える。昔(特に江戸時代)は、温泉は混浴が普通だったみたいですよ?


 そして結局、ネギの小次郎への不信感は、何事もなく洗い流されてしまいました。上手く扱えない己の至らなさが憎い……!


 今回の最萌えポイントは、精一杯背伸びをしているせっちゃんだと残しながら、次回をお楽しみに。


 感想、お待ちしています。


 では。



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