温かな朝だ。思わず出そうになる欠伸をかみ殺しつつ、穏やかな春の陽気に満ちた麻帆良を、私は軽やかな足取りで歩いていた。


 空は青く澄み渡り、白い雲が気持ち良さそうにそよそよと流れていた。


「あ、小次郎先生。おはようございます」


「うむ、おはよう」


「小次郎先生、おはようございます!」


「ははっ、おはよう。朝から元気なことだ、結構」


「おはようございまーす。お散歩中ですか?」


「いや、生憎仕事中だ。其方らが安全に登校しているかを見張る役目でな、責任は重大よ」


 途中、すれ違った生徒たちと言葉すくなに会話を楽しみながら、広域指導員としての務めを全うしていく。まだかなり早い時間であるから、今歩いておるのは部活等の朝稽古がある生徒たちだろう。


 仕事の内容は、今口にした通りのもので、生徒の通学路で事故が起きないか。また起きてしまった時素早く対処できるように、私はこうして、元気に登校していく生徒たちを眺めながら朝の麻帆良を歩いていた。


 広域指導員とはいえ、何も不良学生への注意や補導だけが仕事ではない。むしろ、それらを未然に防ぐのが本懐なのだと、タカミチはいつか私に語った。


「とは言っても、事後処理のほうが多いんだけどね、麻帆良でも」


 苦笑い気味に、そうも愚痴っていたが。血気盛んと言うか、行動力旺盛と言うか、どちらにせよ、若者の喧嘩っ早さはどこでも変わらぬということであろう。


 今日の私の用事はこの仕事と、それと放課後にあるエヴァとの約束以外はないので、その間はのんびりと散策をするのもいいかも知れぬ。


 時間がそろそろ八時を回ろうとする頃になると、まばらだった生徒の数が徐々に増えてきた。仲のいい生徒同士、談笑を交わしながらゆっくり通学路を歩く光景も見られる。生徒だけでなく、背広を着込んだ“さらりーまん”の姿も見受けられた。こちらは生徒と違って、どこか時間に追われるような速さで歩いている者が多い。


 横を通り過ぎ様、奇異の視線が向けられてくるが、昔からそうだったので気にせず生徒と挨拶を交わしていく。そも、背には竹刀袋に身を包んだ青江をかけ、腰に竹刀を差していれば、怪訝に思うのも無理はなかろう。


「あや? 小次郎さんやん」


「おぉ、これは木乃香殿。おはよう」


 生徒の群れの中に、見知った顔を発見した。ネギのクラスの生徒であり、私の文字の先生でもある、木乃香殿だった。


「珍しいなー、登校中に小次郎さんと会うなんて。どうかしたん?」


「広域指導員の仕事中だ。通学中、生徒たちに問題が起きないかを見張っておる。そういう木乃香殿も、少々早い登校なのではないか?」


 朝の集会の開始が大体八時半過ぎであるらしく、今は丁度八時になったばかりであるから、部活の朝稽古がない木乃香殿にしては早い方であろう。


「ウチは、今日日直でな。早めに行って、日誌を取りにいかなあかんのやよ」


「ほう、それは、ご苦労なことだ」


「けど、肝心の担任のネギ君は、まだ寮におるんやけどな。何や昨日はえらい疲れたみたいで、寝坊してもうたんよ」


 今は大慌てでご飯食べとるで、と木乃香殿は苦笑いした。


 木乃香殿は知る由もないが、エヴァと激戦を繰り広げた疲れが、まだ残っていたのだろう。


「左様か。まぁ、ネギにもそんな時はあろう」


「慌ててるネギ君、ちょっと可愛かったけどなー。ふふ、秘密やで?」


「クッ、無論」


 唇に、立てた人差し指を当てながら、おどけた風に笑って言った木乃香殿に、含み笑いと共に了承の言葉を返した。


「さて……あまり引き止めても悪いな。今日も一日、勉学に励んでくれ、木乃香殿」


「うん。小次郎さんも、お勤め頑張ってやー」


 そう言って、木乃香殿は笑顔で手を振りながら去っていった。私も手を振り返し、その姿を見送った。


「小次郎さん、おはようございます」


「うむ、おはよう、刹那」


 木乃香殿の背中が小さくなったと同時に、後ろから声をかけられた。振り返ればそこには、丁寧に頭を下げている刹那の姿。こちらに近づき始めた段階で、気配を私に伝えていたので、丁度いい間で刹那を迎えられた。


「今日は早いな。部活の朝稽古も無いだろうに」


「えぇ、ちょっと…………あ、スイマセン、私はこれで」


 先を急ぐ身なのか、最後に目礼を一つして、少し足早に刹那は歩き去っていった。


 ……刹那が木乃香殿を影から護衛しているのは、私も知っている。恐らく今も、付かず離れずの距離で、木乃香殿を追いかけているのだろう。


「さて、どうしたものかな……」


 腕を組み、離れていく刹那の背中を眺めながら、軽く溜め息を吐いた。


 しばらくすると、通学路がにわかに騒がしくなり始めた。のんびりと歩いている生徒の姿はなりを潜め、代わりに、先のさらりーまんを超える忙しなさで駆けて行く生徒の姿が目立ち始める。


[―――学園生徒の皆さん。こちらは生活指導委員会です。始業ベルまで、十五分を切りました。急いで登校しましょう]


 どこからともなく、そんな機械越しの声が響いてきた。それを合図にしたように、駅の方から地鳴りに似た音が聞こえてくる。何事かと、私はそちらを振り返った。


「…………何事か、これは」


 目の前の光景に思わず、頭の中で考えたのと同じ言葉が口をついた。


 駅の改札口から、人が洪水のように溢れ出て来ている。そう表現するしかないほどの量と勢いを持って、生徒たちが我先にと通学路へ飛び出していく。ほとんどの者は足で駆けているが、中には球体の付いた板に乗っていたり、球体の付いた靴を履いて滑っていたりした。果ては、一車両分の大きさを持った電車までもが走っており、その中には大勢の生徒が乗っていた。


「もう少し余裕を持って出ればいいものを……」


 余りにも多い遅刻未遂者の群れに呆れながら、私は通行の邪魔にならぬよう、脇道にそれた。


 これでは、いつ事故が起きても不思議ではないではないか―――


 私は、怒涛の勢いで流れていく人の波を眺めながら、深く溜め息を吐くのだった。


 穏やかな春の陽気は、何処かへ吹き飛んでいた。










 ―――今日の僕はご機嫌だった。


 エヴァンジェリンさんを倒した翌日のお昼休み、明日菜さんへのお礼という事で、喫茶店でコーヒーをご馳走したときの事だ。偶然にもエヴァンジェリンさんと合席になった僕たちは、エヴァンジェリンさんの口から、


「……奴は死んだ、十年前にな」


 という情報を偶然耳にした。奴とは、僕のお父さんであるナギ・スプリングフィールドの事だ。エヴァンジェリンさんと父さんの間には、浅はかならぬ因縁がある。


 けどそうなるとおかしな話が出てくる。僕は六年前、お父さんに助けられて、今持っている杖を直接手渡されたのだから。


 大人はみんな、お父さんは僕が生まれる前に死んじゃったって言う。エヴァンジェリンさんもそれを信じていたんだろうけど、僕には僕の記憶が真実だ。その事をエヴァンジェリンさんに言ってあげると、


「そんな……奴が……サウザンドマスターが生きているだと?
 ―――ハ、ハハハハハ! そーか、奴が生きているか! そいつは愉快だ!」


 喫茶店からの帰り道、終始ご機嫌にして、何分かおきに嬉しそうに笑っていた。やっぱり、好きな人が実は生きていたっていうのは、とっても嬉しい事なんだろう。真祖の吸血鬼で、六百年を生きていても、女性である事は変わらないんだな―――僕は、漠然とそんな感想を持っていた。


 そして、父さんが生きていたという情報のお返しのつもりだったのか、エヴァンジェリンさんは次のような情報を僕に与えてくれた。


「京都に行け。そこに奴が一時期住んでいた家があるはずだ。奴の死が真実嘘であるのなら、そこに何かの手がかりがあるかも知れん」


 京都。海外において人気の高い、日本の都市の一つだ。前から僕も行ってみたいと思っていたし、そこに父さんの情報が―――すくなくとも、住んでいた家があるのなら、是が非でも行かないといけない場所だろう。


 けど、僕には現実的な問題があった。休みはもとより、お金もないのである。主に、僕の魔法の暴発による服の弁償によって、お給料はその大部分が懐から消えていっていた。


「京都かぁ……なら丁度良かったじゃない、ネギ。ねぇ、茶々丸さん?」


「はい」


「え?」


「カプッ……ん?」


「―――って、噛まないで下さいよ!」


「いいじゃないか、情報料だ」


「僕だってあげたでしょう!?」


「それはそれ、これはこれだ」


 エヴァンジェリンさんの吸血を何とか阻止して、学校に戻ると、アスナさんの言葉の意味が理解できた。


「えー、皆さん! 来週から僕たち3−Aは、京都・奈良へ修学旅行へ行くそーで、皆さん準備は済みましたかー?」


「「「はーい!!」」」


「小学生かこいつら……」


「……アホばっかです」


 丁度良く、麻帆良学園女子中等部は修学旅行の季節であり、しかも僕のクラス―――他数クラスも一緒だけど―――は、いいんちょさん曰く、


「この学校は人数が多いので、修学旅行の目的地はハワイなどの数箇所からの選択式となっていますわ。うちのクラスは留学生も多く、ネギ先生も日本は始めて……ここは日本文化を学ぶ意味でも、クラスの総意で京都・奈良を選択させていただきました」


 確かに僕のクラスは、僕を含めて留学生―――つまり、日本人でない人が多い。そこを配慮したいいんちょさんの提案は、とても素晴らしいものだった。


 心からの感謝をいいんちょさんに述べた後、あまりにその日が待ち遠しくて、風香さんと史伽さんと一緒に、先生という立場も忘れて教室の中でドタバタとはしゃぎまわった。


 あぁ、人ってこんな些細な事で幸せになれるんだ。京都に行ける。ただそれだけで、僕は今、天にも昇る気持ちだ―――


 そんな風に幸せというものをかみ締めていると、しずな先生がやってきて、学園長先生が僕に用事があるという旨を伝えてくれた。今の心境をそのまま表したような、自分でも元気があると分るくらいの声で返事をすると、スキップしかねない軽やかな足取りで教室を出て、学園長室の扉を叩いた。


 僕は今ご機嫌だ。どんな仕事でも、張り切って引き受けられそうだ。


 中に入ると、学園長先生は真っ先に用件を切り出してくれた。


「済まんのじゃが、修学旅行の京都行きは中止になりそうじゃ」


「―――」


 僕のご機嫌が、一瞬で不幸に成り代わった。


 ……人は些細な事で幸せになれる。それはつまり、些細な事で人は不幸になれる、という事の裏返しなのだと、僕は今日この日、たった一言の言葉を持って痛烈に実感したのだった。


「これこれネギ君、まだ話の途中じゃ。そんなに落ち込むでない」


 学園長先生のその言葉に元気付けられて、壁に手をついて絶望していた僕は何とか自分を持ち直した。姿勢を正し、表情も心も引き締めて、改めて学園長先生の言葉を待った。


「まだ完全に中止になる、とは決まっとらん。じゃが、先方がかなり嫌がっておってのう」


「先方……市役所か何かですか?」


 観光名所として名高い京都は、同時に修学旅行の定番地だ―――と、英国人の僕は思っている。それだけに、京都は毎年毎年、日本全国から学生を受け入れているはずだ。それがここに来て嫌がるという事は、去年辺りにマナーの悪い学校の生徒がやって来て、旅館やホテルから苦情が殺到したのだろうか。けどそれだと、その学校だけを拒否すれば良い話であり、麻帆良を拒否する理由にはならない。じゃあ、マナーが悪い学校とは、この麻帆良の事なのだろうか?


『……うぅ、否定できないかも』


 何しろ麻帆良の生徒―――というか、住んでいる人たちは、良い意味でも悪い意味でも、概ねバイタリティに溢れかえっている。その人たちに修学旅行という、長い学生生活でも数回しかないイベントが訪れればどうなるか。それは、まだ着任から半年も経っていない僕でも、容易に想像がついた。何しろその筆頭のようなクラスを、僕は受け持っているのだから。


「いや、うーむ……何と説明したものかのう」


 けど、僕の思惑とは違い、学園長先生は僕の問いかけに首を縦に振らず、 顎に手を当てて渋い顔をした。少しして、おもむろにその先方の名前を口にした。


「関西呪術協会―――それが先方の名じゃよ」


「かんさい……じゅじゅつきょうかい?」


 聞き慣れない単語を耳にして、つい言われた言葉をそのまま言葉にし直していた。確かこういうのを、おうむ返し、と言っただろうか。


「実はワシは、関東魔法協会の理事長も勤めていての。東と西は、昔から仲が悪いんじゃが、今年は魔法先生が一人同行すると言うと、京都入りに難色を示してきおった」


「えぇっ!? じゃ、じゃあ、僕のせいですか?」


「まぁまぁ、落ち着きなさい、ネギ君。
 ワシとしてはな、もう東西のいがみ合いを止めて、仲良くしたいんじゃ。これは良い機会じゃ、ネギ君、そのための特使として京都へ行ってもらえるかの?」


 思っても見なかった京都行き中止の理由を告げられた後に、衝撃を受けた僕をなだめてから、学園長先生はそんな事を言いながら一通の手紙を取り出した。


「この親書を西の長に渡してくれるだけでよい。じゃが、道中、東を快く思わぬ西の者が妨害に現れるやも知れん。彼らも魔法使いである以上、生徒達や一般人に迷惑が及ぶ事はせんじゃろうが……ネギ君には大変な仕事になるじゃろう。ネギ君、引き受けてくれるかの?」


「……」


 学園長先生の言葉を受けて、僕は考えた。


 東と西、同じ国に住む同じ魔法使いが、どうしていがみ合っているのか。歴史的背景か、それとも過去に争いでもあったのか―――その理由を、魔法使いの社会に詳しくない僕なんかが推し量る事は、到底無理だった。


 けど、東と西のそれぞれに、お互いを快く思わない人がいても、それと同じくらい、学園長先生みたいに不仲を解消したいと願う人もいるはずだ。その人たちはきっと、色々な理由で、魔法使いに一番大切な『僅かな勇気』を出せないでいるんだろう。


 その手助けを、この親書を渡す事で僕にできるのなら―――


「……分りました。任せてください、学園長先生!」


 自分でも不思議に思うくらい、はっきりとした言葉だった。


「ほ……。いい顔をするようになったの。新学期に入って、何かあったかの?」


「え」


 ……それは勿論、エヴァンジェリンさんとの一件が原因だろう。どういう経緯で、どういう形にしろ、僕はあの『闇の福音』に勝利した。それが何だか、父さんに一歩近づけたような気がして、僕の自信に繋がっているのだと思う。


 ここであの事を口にすれば、エヴァンジェリンさんは何かしらの処罰を受けるんだろうか……?


「―――い、いいえ。何もありませんよ」


 そう考えた途端、エヴァンジェリンさんを擁護する言葉が口をついていた。


「そうかの? そうそう、京都といえば、孫の木乃香の生家があるんじゃが」


 とりあえずは僕の事を信じてくれたのか、学園長先生は話を別の話題に変えた。


「木乃香に魔法の事はバレとらんじゃろうな。ワシはいいんじゃが、アレの親の方針でな、魔法の事はなるべくバレないように頼む。ただでさえ、ネギ君は木乃香と同室じゃからの」


「は、はい、分りました」


 そういえば、今まで考えた事もなかったけど、木乃香さんは学園長先生のお孫さんなんだから、魔法の素養を持っていてもおかしくはない。けど魔法に関わるという事は、危険と関わるという事だから、木乃香さんのお父さんの考え方も頷ける。娘を心配しない親なんてどこにもいないだろう。


「うむ、では修学旅行は予定通り行う。頼んだぞネギ君」


「はいっ!」


 最後に力強く返事をして、意気揚々と学園長室を後にした。










 二度目になる扉が閉じられる音を聞いた後、気配が私以外に一つしかないことを確認し、腰を上げて階段を下りた。


「待たせたの、小次郎君。わざわざ二階に待たせて済まんかった」


「いやいや、おかげで事情は把握できた。つまり、私に頼みたいこととは、先のことであろう?」


 察しが良くて助かるわい、と学園長殿は何時もの笑い声と共に笑った。


 朝の広域指導員の務めを終えた後、そのまま街の散策に移っていた私は、昼ごろに学園長殿から『頼みたい事がある』と連絡を受け、ネギがこの部屋を訪れる十分ほど前に訪れていた。だが、その時開口一番で、


「済まんが、先にネギ君に話があるので、二階で待っていてくれるかの」


 と言われ、ネギの用事が急を要するのだろうと納得しつつ、茶を頂戴してネギとの話が終わるのを待った。長い時間ではなかったが、何もすることがないのは退屈なので、退室されなければ良いだろうと、二人の会話に耳をそばだてた。


 その途中で、ふと考えた。私は連絡を受けてから、すぐさまここに向かってきた。だのにネギの用事が優先されるということは、どうも変ではないか―――と。そしてその疑問は、東西の不仲を解消する特使の役目をネギに与える、という件の話を聞いて解消された。


 即ち、


「学園長殿は、私にネギの護衛をしろと、そう仰りたいのであろう?」


「フォッフォ。密かに、という条件が付くがの」


 西からの妨害がある―――その言葉を聞いた時、私は私が呼ばれた理由を知った。ネギには戦いの経験も少なく、実際に妨害があった時、その全てに対処し切るのは難しい話だろう。ならば同じ魔法先生を同行させれば問題は解消しそうではあるが、たった一人の魔法先生が修学旅行に同行すると言っただけで難色を示す相手だ、これ以上の増員は望めない。


 そこで、魔法先生でもなく、そもそも魔法になんら精通していない私に白羽の矢が立った―――この話は、そういったところだろう。


 密かに、という条件を提示して来たのは、あくまでネギの力でこの任務をやり遂げて欲しいという、成長を見守る先達としての心だろうことは、容易に想像できた。


「それは良いが、学園長殿。専属契約を結んでいるとはいえ、私は一コーチに過ぎぬ。そんな私が、修学旅行の引率の一人として参加しては問題があるのでは? もしくは、何か別の方法でも?」


「いや、折角じゃ、小次郎君には先生の一人として生徒達に同行してもらおう。実は同行するはずだった先生の一人が、家庭の事情で同行できなくなっての。丁度その代わりを探していたのじゃ。小次郎君なら生徒達も安心じゃろうし、よく職員室に出入りして先生方と交流もある。皆納得してくれるはずじゃ」


「……了解した。して、打ち合わせの日取りは?」


「何分急じゃからの。今日―――は無理として、明日から早速、先生方と打ち合わせに入っとくれ。大変じゃろうが、よろしく頼むぞ」


「承知。
 ―――時に、学園長殿。ネギを護衛する、という仕事についてだが」


 あらかたの説明を受けた後、一つだけ確認したいことが残っており、間を置いてから進言した。何かの、と学園長殿は先を促してくれたので、では、と断りを入れてからその事柄を口にした。


「密かに、という条件だが―――それは、向こうが万が一、直接的な妨害を行って来た時にも有効であるのか? 特使に手を上げるような輩に限り、相応の対応をする許可を頂きたい」


「ほ……何故に、そう思うのじゃ?」


「魔法先生一人―――それも、数えで十にしかならぬ少年が同行するというだけで、京都入りを拒む相手だ。親書そのものへの妨害が不可能と判断すれば、持ち主へ危害が及ぶ可能性は、ないとは言い切れぬ。故に、だ」


 彼らも魔法使いである以上、生徒達や一般人に迷惑が及ぶ事はせんじゃろう―――学園長殿自らが口にした言葉だ。これ即ち、一般人以外には危害を加えるという言葉の裏返しに他ならぬ。ネギには大変な仕事になる、というのも、これを含んでの発言だと私は見ていた。


「……いいじゃろ。ネギ君本人への妨害を働いてきた相手に対してのみ、実力行使による撃退を許可しよう」


「忝い」


 学園長殿はしばらく黙考した後、私に許可を与えることで、答えの代わりとしてきた。


「さて、何はともあれ、小次郎君の『先生』としての始めての仕事じゃ。裏の方も合わせて、頑張っとくれ」


「承知」


「それと、スーツの方を用意しといてくれるかの。流石に、引率の先生が着物、というのも拙いからの」


「む……心得た」


 激励の言葉を贈ってくれた後、注意を一つ残した学園長殿に一礼し、私は部屋を後にした。


「……思いがけず、忙しくなってきたな」


 既に昼休みも終わったのか、しんと静まり返っている廊下を歩きながら、顎に手を当てて小さく呟いた。


 当初では修学旅行が行われる間、私の仕事は広域指導員と警備員のみになる―――剣道部のコーチは、生徒が大きく減るということで休みらしい―――はずだったのだが、ここに来て逆に『引率の先生』のみとなってしまった。数は減ったが、仕事の忙しさ・責任がそれらの比ではなくなり、かつ不慣れということも相まって、相当の激務が予想される。そも、私のような世捨て人に、得意とする剣ならいざ知らず、大多数の生徒を指導する『先生』という役職が務まるかというところにも、大きな不安が残っていた。


「まぁ、やるしかないのだが」


 他の先生方に迷惑をかけぬよう、生徒をしかと導けるよう、気張るしかあるまい。正門を出て、青空を仰ぎながら、覚悟を決めた。


 それに、考えようによっては、これは好機だ。木乃香殿との、刹那との仲を取り持つ、という約束。これを行うには、絶好の機会といえよう。最初は木乃香殿任せにするつもりであったが、やはり私も側にいた方が、色々と手助けもできるというものよ。


 どのようにして、木乃香殿と刹那の間を取り持つか。その方法を考えながら、再び街をブラブラと散策しつつ時間を潰している内に、エヴァとの約束の時間が迫ってきた。丁度良く待ち合わせ場所の近くにいたので、すぐに足をそちらに向けて歩き出した。


 待ち合わせ場所はエヴァが指定してきた茶店であり、そこではコーヒーを売っているらしい。


「来たか、小次郎」


「こんにちは、小次郎さん」


 茶店に到着すると、約束の時間の五分前であるというに、エヴァと茶々丸は既に席に座り、コーヒーを啜っていた。他の席にも客の姿があったが、やはりエヴァと茶々丸の容姿はよく映えるので、殊更目立って見え、周囲の視線も集めていた。


「済まぬな、待たせた」


「いえ、私たちもつい先ほどついたので、お気になさらず」


「とりあえず、一休憩してから向かうとしよう。小次郎、お前も何か飲み物でも買ってこい。ついでに、お代わりだ」


「クッ、承知」


 さりげなく押し付けられたエヴァの分のコーヒーも注文して、席に戻った。


 制服姿の女子中学生二人の席に、着物姿の大の男が合席したからか、先ほどよりも視線を集めている気がする。私を含め、エヴァと茶々丸は気にしていないようだが。


 本来ならば、集まって直ぐに予定の場所に向かうはずだったのだが、先方が準備に手間取っているようで、今しばらくはここで待機とのことらしい。


 昨日の決闘について尋ねてみると、エヴァは途端に苦々しい顔になった。そして、愚痴でも零すかのように延々と、自分の負けは偶然によるものだと主張してきた。詳しい戦いの経緯を聞いた限り、エヴァの慢心というか、遊び心によるものであることは明白なのだが、口を閉ざしておいた。流石に、このことで弄ってしまえば命が危ぶまれると、私の第六感が感じ取っていた。


「そうそう。つい先ほど決まったのだが、私も修学旅行に同行することになった。先生として、な」


 ネギとの決闘についての話が終わってなお、時間が余っていたので、話の種にと、つい先ほど言いつけられた仕事について語っていく。すると、エヴァが見る見る内に不機嫌になっていった。


「……それは私に対する嫌味か?」


 終いには、青筋を立てて、私に敵意を向けるまでに至った。その理由は、茶々丸が教えてくれた。


「小次郎さん……マスターは、登校地獄の呪いのせいで麻帆良を離れられません。よって、修学旅行にも行けないのです」


「む……それは、失礼をした。詫びに、何でも好きな土産を買ってこよう」


「ふん、当然だ。後日リストを渡すから、全て買ってこい」


「承知した。あぁ、それとな。先生の仕事を勤めるに当たって、“すーつ”とやらが必要だと言われたのだが……」


「まぁ、貴様のその格好では、先生などやってられんな。何だ、仕立てて欲しいのか?」


「うむ。どうにも、現代の服装は勝手が分らぬ」


 正直を言うと、学園長殿に『スーツを用意してくれ』と言われても、すーつが何であるのかよく分からなかった。エヴァと会う約束がなければ、そこで更に問いをかけていただろう。それを抜きにしても、現代の服装というものには、未だに慣れることができないでいた。


「ふぅん……」


 私の頼みへの答えは口にせず、エヴァは何かを吟味するように私の姿を眺めている。


 すると、不機嫌だった表情が徐々に楽しそうなものに変わっていき、それに比例して、何か嫌な予感が私の背筋を駆け上がっていった。


 やはり結構だ―――私が取り消しの言葉を口にするよりも、エヴァの宣告の方が早かった。


「いいだろう。ついでに、洋服を何着か買い揃えさせてやる。ククク……たまには男の着せ替えも楽しそうだな」


 ニヤァ、と加虐的な笑みを浮かべて、ハッキリと私を玩具扱いすると宣言したエヴァの顔は、厄介なことに本当に楽しそうであった。


「……よろしく頼む」


 私は、半ば諦めの気持ちで、頭を下げるしかなかった。


 私の着せ替え人形化が決定した頃、茶々丸に先方から準備ができたという知らせが入った。残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、私たちは揃って席を立ち、並んで歩き出した。


 その道中、せめてもの意趣返しにと、エヴァを弄り倒したのは、言うに及ばずだ。












 後書き


 何とか冬休みが終わる前に更新できた。逢千です。


 小次郎君、朝っぱらから往来にそんな格好で立つな!(書いた本人)


 麻帆良以外では逮捕間違い無しの小次郎でした。


 こっそりとネギの護衛をすることになった小次郎。けど、木乃香先生からの頼みも果たさなければならない。これは相当気張らないとやりこなせないぞ、がんばれ小次郎。


 エヴァとどこかに出かける描写で終わってしまいましたが、それは勿論次回で明らかになります。お待ちください。また少々の設定付加を行うと思います、ご容赦を。


 感想、お待ちしています。


 では。




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